2016.11.09

米国大統領選挙、投票日に思う

秋山 勇

2016年11月8日、史上まれに見る異例続きの喧噪の中で第45代米国大統領選挙が実施された。予備選序盤における共和党候補者乱立と前評判の高かった本命候補者達の脱落の結果、クリントン家とブッシュ家のダイナスティー対決と言われた予想構図は崩れた。その後は、トランプ、サンダース、カーソン等の両党異端候補者の躍進を経て、最後は両党から勝ち上がった「世紀の嫌われ者対決」によるクライマックスとなり、終幕ぎりぎりで突如乱入したFBI長官によるオクトーバーサプライズも瞬きの内に飛び去り、審判の日を向かえた。本稿では長かった選挙期間を振り返って印象に残った事象を思いつくままに書き留めてみた。

1. 米国民の分裂: 
米国民の多様化の進化と人口動態の変化に格差拡大が重なり、グループ毎の価値観や主張の食い違いがより先鋭化している。また大統領選挙という場は、従来人々が心に秘めていた感情を大胆に表現する機会となった。

2. 民主党と共和党の支持者層に逆転現象:
伝統的に労働者寄りであった民主党は多様性とリベラル路線を強めた。元来企業家寄りであった共和党は、民主党への対立軸を決めかねている間に、異端トランプによって“忘れ去られた”白人労働者へのアピールを強める結果となった。両党がそれぞれ本来主張するところと支持層に捩れがみられるようになってきた。

3. 選挙のエンターテイメント化: 
偏ったメディア報道により選挙が大衆番組化された。芸能人のように候補者の注目度は上がる一方で本来の政策議論は置いてきぼり。スピーチの内容よりも単純なメッセージ、視覚的印象などが支持率に大きく影響。

4. 選挙戦術の変化: 
SNSやメディアに注目を集めるメッセージを流すという、お金のかからない選挙戦術が功を奏している。従来の選挙資金をたくさん集めた方が勝ち、という勝利の方程式が変わった。

5. 激し過ぎる誹謗中傷合戦: 
共和予備選、並びに大統領選挙本選共に、米国の次期リーダーを決めるに相応しくない下品な論戦が余りに目についた。ネガティブ・キャンペーンの方が選挙運動における費用対効果は高いと言われるが、選挙で相手を破ることは最終目的ではない。大統領としての仕事は国民に選ばれてから始まる。

6. 候補者公開ディベートの在り方: 
相手の発言に割り込む、制止されても喋り続けるなど、まるで子供の口喧嘩の如き秩序のない怒鳴り合いであった。主催するTV局にとっては視聴率最優先の演出なのかもしれないが、本来有権者が聞かねばならない政策の議論には程遠い内容と言えよう。重要な大統領選出プロセスの一つである公開ディベートの在り方や質の高め方につきメディアとして是非再考して欲しい。

7. 選挙は水もの: 
本当に誰もが予想し得ないことが次々に起こり、専門家の意見や知見も相当な空振りであった。(私の予想も外れてばかりでした・・・)

本稿は開票作業が始まった日本時間の11月9日朝に書き始め、暫く両候補による接戦が続いていたが、書き上がる頃になって徐々に大勢が見えてきた。選挙は何が起こるか分からない。

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