2017.01.30

トランプ大統領・就任演説「内向きメッセージ鮮明 米国の多様性はどこへ」

<週刊エコノミスト 2017年2月7日号 11~14ページ 掲載>

所長 秋山 勇

米共和党のドナルド・トランプ氏(70)が1月20日、第45代大統領に就任した。注目されたその就任演説は、まさに「異端で型破り」を演じるもので、ツイッターでもおなじみの平易な言葉と短い文章を用いながら、ワシントンの政治に対して改めて“宣戦布告”した。さらに、失われた雇用や富などを「ブリング・バック」(取り戻す)と繰り返し米国がより自己中心的な国にシフトすることを世界の聴衆に印象付けた。
やり玉に挙げたのは既存の政治家だ。「権力をワシントンから取り返し、市民の手に戻す」と訴えたが、これには就任式に出席した民主党議員のみならず、共和党議員や壇上に勢ぞろいした歴代大統領たちも苦笑いしたに違いない。だが彼らの笑いが消えたのは、貧困や犯罪に直面する米国の現状を「Carnage」と評した時であろう。「殺りく」などの意味も含むこの単語を使い、“今の社会は生き地獄のようだ”というニュアンスを込めて強く批判。「議論ばかりで行動しない政治家は不要だ」と一刀両断した。
選挙で選ばれる大統領といっても、所詮は有権者の半数程度の支持しか得ていない。そこで、歴代大統領は国民の分裂に終止符を打つため、就任演説で皆が共感できる将来へのビジョンを示してきた。しかし、トランプ氏が示したのは、「アメリカ・ファースト」(米国が第一)、「バイ・アメリカン、ハイヤー・アメリカン」(米国製品を買い、米国人を雇用する)、「メーク・アメリカ・グレート・アゲイン」(米国を再び偉大な国にする)といった、トランプ支持者を歓喜させる内向きのメッセージだ。彼はまた「プロテクト」(保護する)という言葉も多用し、自分は支持者を守り、米国の平和を乱す悪を追い払う、という姿勢を鮮明にした。
 
「愛国者」のみ容認
自由と民主主義を旗印としてきた米国はどこへ行くのか。オバマ前大統領は13年の第2期就任演説で「フリーダム」(自由)を7回使ったが、トランプ氏はわずかに1回のみ。「デモクラシー」(民主主義)にいたっては一度も使わなかった。またトランプ氏は「肌の色は何色でも、愛国者は皆、赤い血が流れている」と言ったが、そこには“自分の側に立つ愛国者”のみを容認する姿勢と、多様性への不寛容が色濃くにじんでいた。
 トランプ氏の容赦ない「口撃」の矛先は、世界経済のグローバル化にも向けられた。演説から読み取れるトランプ氏の本音は「取引も知らぬ無能な政治家のせいで米国は損をしてばかり」というものだ。だが、果たしてトランプ流の「米国第一主義」によって、「米国が失った雇用や安全、豊かさ」は支持者の元に戻るのだろうか。保護主義政策を4年の任期中に実証している間に、世界経済は取り返しのつかない混迷に陥るかもしれない。超大国を率いる責任は重く、仮に失敗しようものなら、一人のビジネスマンの破産宣言では償えない。

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