2017.04.27

トランプ大統領発足100日レビュー

所長 秋山 勇

4月29日は、日本は「国民の祝日」、今年はゴールデンウィーク初日に当たるが、ドナルド・トランプ米国大統領にとっては更に特別の日である。彼はどういう思いで4月29日の大統領就任100日目を迎えるのだろう。何と言っても選挙期間から今に至るまで話題に事欠かない大統領だ。“異端”の称号に相応しく、強烈な個性と印象的な容姿、自由奔放な物言い、政治経験ゼロ、前例軽視、といった特徴で溢れている。そんなトランプ氏を米国民は彼をどう見ているのか、世論調査から探ってみる。
(以下は政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」が纏めた世論調査の平均値)


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メディアで、“史上最低の支持率”と評されるトランプ大統領だ。上記を見ると、トランプ大統領を“支持する”とする回答は就任から3か月経っても概ね同水準(約2ポイント減)であるのに対し、“支持しない”とする回答は8ポイント以上増えている。また好感度も、トランプ大統領を“好ましい”とする回答は就任時と3か月でほぼ同水準(約1ポイント増)であるのに対し、“好ましくない”とする回答の方は、3ポイント弱増えている。これを纏めれば、“支持する”や“好ましい”といったポジティブな声以上に、トランプ政権をネガティブに捉える意見の割合が増えたことが分かる。元々、トランプ氏は白人・低学歴・ブルーカラーに代表される特定層から強く支持される一方で、リベラル層やマイノリティーからは徹底して嫌われている。即ち、好き嫌いが極端、且つ明確に分かれるタイプなので、トランプ固定ファンは就任早々からポジティブに回答していたのに対して、根っからのアンチ・トランプ派に加え、当初は様子見していた中立層が、徐々にネガティブな声を上げてきた様子が窺える。興味深いのは「米国の向かっている方向性」だ。“正しい”とする声が就任時点より4.0ポイント増え、逆に“間違っている”とする声は2.7ポイント減少している。今尚、半数近くの回答者が、“国の向かう方向は間違っている”とはしている。しかし、トランプ大統領の支持層は、米国は以前よりも良い方向に転じたと感じていることを示唆している。

NYダウ平均株価は、就任時の約1万9800ドルから、4月27日には約2万900ドルと、5%程度上昇。また失業率は4.8%(1月)、4.7%(2月)、4.5%(3月)と低下。雇用増加数(非農業部門)は、3月は予想より大幅に少ない9.8万人であったが、1月、2月ともに20万人を超えており、ほぼ完全雇用状態の中でのこのレベルの数字は好調な雇用状況と言える。そもそもトランプ大統領に対する期待値が低かったとは言え、好調な経済は何にしても追い風だ。またトランプ大統領も政策面での実績は上がらないが、常に支持層の為に闘っている姿をアピールすることに余念がない。トランプ支持層は、そんな大統領の姿勢を好意的に見守っているようだ。

尚、ピューリサーチ社が2月に実施した調査によると、回答者の半数以上(54%)が「トランプ大統領はきちんと仕事をやり遂げる(Able to get things done)」と答える一方で、「トランプ大統領は信用できる(Trustworthy)」とする回答は37%に留まっている点も興味深い。(参考: オバマ前大統領の就任年に同じ内容のアンケート調査を行った際は、回答者の7割以上が「仕事をやり遂げる」、「信用できる」と答えていた。)

国内政治では躓き:
米国の課題解決を優先する「アメリカ・ファースト」主義で発足したトランプ政権だが、まだ本格稼働には程遠い。肝心の具体的な政策面では躓きばかりだ。ロケットスタートを目指して、大統領令を次々に連発したが、「TPP離脱」を除けば、実効を上げたものは殆どない。例えば“イスラム過激テロ懸念国からの入国制限令”は司法からは“待った”がかかり、結局勇み足となった。また選挙公約の目玉であった“医療保険制度改革(オバマケア)廃案”に向けた代替法案は、下院採決前に自主撤回、頓挫したことから、議会共和党との調整能力に大きな疑問符がついた。トランプ大統領は次の目玉として、市場の期待が集まる“税制改革”に意欲を燃やすもののハードルは高い。大胆な減税のためには当然財源が必要だ。導入前から反発を受けていた国境調整税(輸入に偏重課税する制度)は取止めると発表したが、代案は未だ不明である。議論が長引き、仮に秋になっても目処が立たなければ、議会は中間選挙モードに突入、タッチーな税制改革の議論などとても出来なくなってしまう。

政策が躓いた一番の原因は政権の人事である。取分けトランプ大統領にとっての誤算はロシア疑惑であろう。ロシアと不用意に接近しすぎたフリン大統領補佐官は早々に更迭されたが、ロシア疑惑はまだ諜報機関による捜査が継続しており、将来トランプ政権の足元をすくうアキレス腱にもなりかねない。ホワイトハウスでは、まだ側近グループの勢力争いが続いているが、最近では娘のイヴァンカ、娘婿のクシュナーの“トランプ・ファミリー”、安全保障担当マクマスター大統領補佐官やマティス国防長官を筆頭とする“軍人グループ”、更に元ゴールドマンサックスのコーン国家経済委員長やロス商務長官などに代表される“経済実務グループ”が主流になりつつあるようだ。しかし閣僚クラスを支える省庁の実務部隊幹部に目を向けると未だ空席ばかりだ。多くの専門家や実務経験者、研究者が新政権で活躍することを虎視眈々と待ち望んでいるのだが、既存政治システムを毛嫌いするトランプ大統領は、こういった頭脳集団を使おうとしない。就任100日でやるべきは、大衆の耳目を引く目玉政策の実現もさることながら、何と言っても体制固めであろう。足元がしっかりしないと具体的な政策も実現しようがない。

軍人チームは機能
オバマ時代は軍に対する厳しい制約がかけられていた。トランプ政権になると、前述の通り軍幹部経験者の登用によって、ホワイトハウスと軍関係者の信頼関係が大幅に改善された。更にトランプ大統領は軍事費増加もプレゼントする。現場の士気が一段と高まった軍は、水を得た魚のように動き出す。トマホーク・ミサイルでのシリア爆撃、空母カールビンソンの北朝鮮方面派遣、最強非核爆弾「MOAB」によるアフガニスタン爆撃。先の米中首脳会談では、こういった情報を効果的に用い、北朝鮮問題の解決に向けて中国を動かすことに成功した。ここまでの戦術はトランプ大統領と軍人スタッフの狙い通りかもしれない。しかし外交は総力戦でもある。「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ大統領がどういった世界戦略を描いているのか、まだ見えてこない。

“予測不能”なトランプ大統領らしさを発揮
総じて言えば、トランプ大統領は予想通りの“予測不能ぶり”、“破天荒ぶり”を発揮した。突然の口先介入や指先介入で企業の海外工場移転計画を制止する一方、そこまでやるか?と思えるほど自身を批判するメディアと強硬に対立。イエレンFRB議長は再任しない、いや再任してもよい、と行ったり来たり。ロシアとの蜜月時代到来間近と思わせた初期の態度はいつしか変化。更に、シリアに対する突然の爆撃命令あり、就任初日に中国を為替操作国認定する公約の取り下げあり。台湾蔡英文総統との電話会談発言などは最早過去の話しとなった。これほど豹変すると、それがごく自然な振舞いに思えてくるから不思議なものだ。

見方によっては、“兵は詭道なり”(孫子の兵法)を彷彿とさせるトランプ大統領の采配であるが、彼の度重なる朝令暮改は、臨機応変というよりも、直感に基づく決断や行動の所以であろう。メディアを熟知するトランプ大統領が意識しているのは、自分の行動が支持者にどう映るか、特に大嫌いなメディアが自分のことをどう報道するか、なのだ。嘘つきや弱腰と揶揄されることが許せない彼の性格は、これからも変わらないだろうが、問題はトランプ大統領が未だに選挙モードから政策執行モードに移行していないことである。自分の支持者の人気取りに力は注ぐが、反対勢力は徹底的に非難する。いつまで経っても、“やるぞ、出るぞ”の予告編だけで、重要政策は何ら具体化していない。良くも悪くも選挙当時からの“トランプらしさ”は変わっていない。

期待を持って言えば、トランプ大統領らしい“良い面”が発揮されるのは、得意な「ディール」を通じて、交渉相手との合意可能な点を模索する、即ち双方が前向きに歩み寄れるイシューから話しを進めるやり方かもしれない。言わば“部分最適”であるが、相手との間に合意を一つずつ積み重ねることが出来れば、より大きな問題のブレークスルーとなる可能性も考えられる。

それでも大きな世界への影響
就任以来、まだ一歩も国外へ足を踏み出していないトランプ大統領だが、それでも十分すぎるほどの影響を世界に及ぼしている。一例を挙げれば以下の通りだ。


  • ■メキシコ: 最も悩ましい隣国。再交渉と不法移民問題に解決の道はあるか。
    ■欧 州: 米国発“自国第一主義”旋風が欧州の国政選挙やEUの将来に影響も。
    ■ロシア: 関係改善は当面おあずけ。シリア、イラン、北朝鮮などを巡る鍔迫り合いが続く。
    ■シリア: 突如ミサイル介入するも、シリア問題の落としどころは不明。
    ■イラン: 核合意見直しや追加制裁示唆など関係は急激に冷え込み。
    ■トルコ: 両首脳の個人的好関係の一方で、ギュレンやクルドといった微妙な問題が存在。
    ■イスラエル: 今の米政権は心地よいが、あまり周囲の国を刺激しないで欲しいはず。
    ■中 国: 課題山積。北朝鮮問題での協力が、通商や為替問題解決の糸口となるか。
    ■韓 国: 大統領選挙や配備など北東アジア全体に大きく影響するイベントに注視。
    ■北朝鮮: 緊張状態継続。非核化は進むか。
    ■日 本: 強固な日米同盟は確認したが、米国内問題の捌け口の矢面にならぬよう要注意。



トランプ大統領のちょっとした言動で、米国の持つ巨大な経済力や強大な軍事力が少しでも“さざ波”を立てれば、海外への波及効果も大きい。2016年度、世界で最も影響力のある人物ランキング(Forbes版)」で第2位のトランプ氏だが、米国大統領に就任し最初の100日間の露出度は既にオバマ氏を凌駕しているようだ。同ランキングで4年連続1位となり、他を圧倒するのはウラジミール・プーチンロシア大統領であるが、いよいよ今年はその座を譲ることになるかもしれない。

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