2017.06.12

「骨太の方針2017」財政健全化目標が意味するもの


主席研究員 武田 淳

日本経済は、5四半期連続で前期比プラス成長を記録するなど、緩やかながらも景気の拡大が続いている。最近3四半期は成長の大部分を輸出に依存しており、先週発表された直近2017年1~3月期2次速報では成長率が大きく下方修正されるなど、心許ない部分を残してはいるが、成長の継続によりデフレの根源である需給ギャップ、すなわち供給力と実際の需要との差は着実に縮小しており、今後もプラス成長が続けば年内にも需給面からのデフレ圧力が解消しそうな勢いである。

このままデフレから無事脱却できるとすれば、日本経済が解決すべき次の大きな課題は「財政の健全化」であろう。そうした中で、先週金曜日に「経済財政運営と改革の基本方針2017」(通称「骨太の方針2017」)が閣議決定され、財政健全化目標が修正されたことを巡って、様々な憶測が飛び交っている。修正内容は、昨年の「基礎的財政収支(プライマリー・バランス)について、2020年度までに黒字化、その後の債務残高対GDP比の安定的な引下げを目指す」という目標を、今年は「基礎的財政収支を2020年度までに黒字化し、同時に債務残高対GDP比の安定的な引下げを目指す」としただけであるが、昨年は優先目標だった「プライマリー・バランス黒字化」を「債務残高GDP比の引き下げ」と並列にしたことで、より実現が容易とみられている「債務残高GDP比の引き下げ」に目標をすり替えるための布石、さらには、その分母となるGDPの拡大を最優先にしたいのではないか、などと指摘されている。

政府の真意をひとまず横に置くと、こうした指摘は必ずしも本質を突いたものではないような気がする。そもそも財政の健全化とは「政府債務の持続可能性」を確保することであり、そのためには、政府の債務がGDP比で上昇傾向、すなわち発散過程にあり持続不可能な現状を是正する必要がある。したがって、まずはこのGDP比率の上昇に歯止めを掛けることを目標とし、次のステップとして持続可能な水準までの引き下げを目指すとしたはずである。そして、比率の上昇に歯止めを掛ける条件となるのが「プライマリー・バランスの黒字化」ということで、昨年の目標設定となったわけである。つまり、初めから政府債務のGDP比率を引き下げることこそが最終目的なのだから、今回の目標変更は、最終目標をより前面に出したに過ぎないという評価が妥当ではないか。

ただ、「プライマリー・バランスの黒字化」が財政の健全化(政府債務のGDP比率引き下げ)に十分な条件ではない点には注意が必要である。十分条件となるのは、名目GDP成長率が政府債務の利回り(国債利回り)を上回っている場合に限り、そうでなければ一定規模以上のプライマリー・バランスの黒字が求められる(その規模は名目GDP成長率と利回りとの差や政府債務残高によって左右される)。そのため、もし国債利回りが名目GDP成長率を超えて上昇すると、政府債務のGDP比率を引き下げるためには、プライマリー・バランスを相当規模の黒字にする必要があり、その結果、今回の修正はむしろ目標達成のハードルを高くすることになる。

確かに現状は、日銀の金融政策によって国債利回りがゼロ前後に抑えられているため、名目成長率がある程度のプラスであれば、上記とは逆に、プライマリー・バランスが多少の赤字であっても政府債務のGDP比は低下する。こうした名目成長率と国債利回りの関係が続くのであれば、今回の修正が目標達成のハードル引き下げを狙っていると疑われても仕方がない。しかしながら、そうした政府の真意を憶測するよりも、日銀が消費者物価上昇率2%というデフレ脱却目標を掲げている現実を踏まえ、それが達成された際に国債利回りはどの程度まで上昇し、その利回り水準を前提として政府債務を持続可能とする(GDP比率を引き下げる)名目GDP成長率とプライマリー・バランスの組み合わせはどうあるべきなのかを議論する方が重要ではないだろうか。

同時に、債務残高GDP比をいつまでにどの程度まで引き下げるべきなのかも検討すべきであろう。ラフな試算ではあるが、政府債務残高がGDPの2.4倍にも上る場合、政府債務の利回りが名目成長率を1%上回れば、政府債務を持続可能とする(GDP比率を上昇させない)ためにプライマリー・バランスをGDP比2.4%(約13兆円)以上の黒字にする必要がある(名目成長率3%、政府債務利回り4%とイメージすれば良い)。この数字の示すものは将来の財政に対する信用不安がもたらす財政破綻リスクであり、目先の目標達成よりも長期的な財政の健全性確保に向けた取り組みが不可欠であろう。

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