2017.08.08

仮想通貨に求められるものとは?


主席研究員 武田 淳

代表的な仮想通貨である「ビットコイン」の分裂騒動に注目が集まっている。今回の騒動の背景を整理すると、急速な取引量の拡大による決済のスピード低下が問題視され始めていたため、その対応策が打ち出されたが、一方でその方法では取引を管理する業者の得られる手数料が減ってしまうため、一部で強い反発があったということのようだ。つまり、決済のスピードと手数料のいずれを優先すべきかで折り合わず、分裂に至ったわけである。

もともとビットコインを始めとする仮想通貨の強みは、「決済のスピード」と「手数料の安さ」であった。しかしながら、現在の仕組みではこれらの両立が難しいという新たな課題として浮上したということになる。そのため、仮想通貨が更なる利用拡大を目指すのであれば、スピードとコストのいずれを優先すべきか、ないしは両方を同時に満たす新たな方策を打ち出すのか、方針を定めた上でこの課題を解決していく必要があり、その意味で一つの転機を迎えていると言えよう。

ただ、いずれの方向に進むにしても、それはあくまでも供給者側の都合である。では、利用者側の視点からは、どのように考えれば良いのだろうか。そのために、まず「通貨」というものの役割を改めて確認しておきたい。通貨とは「流通貨幣」の略称、すなわち流通する貨幣のことであるが、一般的に「貨幣」に求められる役割は、第一に、モノやサービスなどの価値を具体的に表現することである。それが故に、モノやサービスなどの取引における「決済機能」を担っている。そこから派生して、第二に、保存が難しいモノやサービスに代わって「価値の保存」という役割も期待されることとなった。さらに、時間の経過に伴う価値の変化、特に物価上昇による価値の低下を補填するため、通貨には金利が付くことが多いが、そのため、第三に「資産の運用手段」として、一部では投機対象としての役割も期待されるようになった。

これらの役割期待を実際の通貨に当てはめてみると、第一に、米ドルやユーロ、日本円などの国際通貨は、周知の通り世界的に「決済通貨」として活用されている。そして第二に、有事のドル買い、円買いという言葉が端的に示すように、外貨準備などの形で資産「価値の保存」にも用いられている。第三として、世界の投資家が様々な通貨建ての資産へ投資する昨今の状況を見れば、「運用対象」として価値の保存以上のリターンを求めていることは明らかである。更に言えば、これらの役割期待のうち、特に価値の保存については、通常、一定の信用力が求められるため、実際の通貨においては各国の政府が事実上の保証する形で中央銀行が担保している。また、国際通貨に代わって価値の保存に用いられることもある金(Gold)は、希少性だけでなく、高い熱・電気の電導性のほか、延び易さ(延伸性)や錆び難さ(防錆性)など、金属としての優れた特性という絶対的な価値を有していることが、その裏付けとなる。信用力が求められるという点は、運用手段とされる場合も同様であろう。

翻って仮想通貨は、誰かが価値を保証してくれるわけでもなく、仮想であるが故に絶対的な価値もないと考えるのが適当であり、価値の保存という期待には応えられそうもない。運用手段としても、これまでの相場上昇はあくまでも値上がり期待を拠り所とするものであり、金利など約束された運用収入の裏付けがあるわけではない。そのため、仮想通貨が現実の通貨に対して持つ優位性は、決済における利便性(スピード)やコストの低さであろうが、前述の通り急速な普及によって、これらの優位性すら陰りが見え始めている。そもそも、乱高下する相場は、受け取るべきモノやサービスの対価を大きく変動させるため、決済通貨に相応しくはない。今のところは相場が上昇傾向にあるため、一時的に損失が発生してもいずれ値上がりでカバーされ、大きな問題とはなっていないが、今後も激しい相場変動が続いたり、ましてや下落傾向になったりすれば、投機目的の利用者が逃げ出すだけでなく、最大の強みだったはずの決済においても利用者の間に失望が広がる恐れがある。

ビットコインの仕組みを考案したとされるサトシ・ナカモト氏が求めたものは、良い意味で誰にも管理されない、低コストでグローバルに即時処理可能な、純粋に理想的な決済通貨ではなかったか。仮想通貨の運営者が、専ら投機対象として利用されている現状を本意とせず、最も求められている役割であろう利便性の高いグローバルな決済通貨としての地位の確立を目指すのであれば、何よりも相場の安定を確保する工夫が必要ではないだろうか。

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