2017.08.29

シャーロッツビル事件はトランプ施政の転機となるか

所長 秋山 勇

8月12日に発生した米国バージニア州の「シャーロッツビル事件」は、世界に衝撃を与えた。白人至上主義者やKKKグループなど、いわゆる極右大集会に集まった人々と、それに反対する人が衝突して死傷者も発生、州知事は非常事態宣言を発した。罵り合い、殴り合う群衆、そして無防備の人の波に突入する車、流血と錯乱。これが民主主義のリーダーを標榜する米国における出来事なのか、と目を疑うばかりだ。更に気になるのは、この惨事を受けたトランプ大統領の発言である。トランプ氏は、当初、人種偏見に対する非難を口にしたものの、その後は二転三転。要すれば、“喧嘩両成敗”、“極右も悪いが、それに反対するグループも非難されるべき”という趣旨の発言をしたのである。

移民が創り上げた国家、米国では、人種差別は社会的に受け入れてはならない思想、言わば国是である。勿論、そうは言っても偏見的な考えを持った人が少なからず存在することも事実だが、米国のリーダーたる者が、間違ってもKKKなどの人種偏見グループを擁護してはならない、という考えが常識だ。公式の場で言ってはならない“NGワード”に無頓着なトランプ氏だが、今回の発言ばかりは、大統領として取り返しのつかない大失言である、として、全米のメディアはトランプ氏への非難を強め炎上した。

更にトランプ発言はビジネス界にも影響も及ぼす。現政権発足後、ビジネス寄りの政策を支援すべく、米国を代表する一流企業の経営幹部がホワイトハウスの助言委員に召集された。しかし彼らの多くは企業のトップであり、その言動は従業員や顧客の注目を集めることからも、今回のトランプ発言は“踏み絵”となる。これまで政権と蜜月ムードにあった企業トップも、次々に助言委員からの退任を表明。企業のトランプ離れが一気に加速した。

バージニア州の流血事件の余韻も収まらぬ8月18日、今度は、新政権発足以降、「トランプ氏の精神的支柱」とか「影の大統領」とも言われた、スティーブン・バノン首席戦略官がホワイトハウスを去った。何と言ってもバノン氏は、「ラストベルトの忘れられた白人労働者」という新たなトランプ支持層を発掘し、先の大統領選挙における逆転勝利に貢献した人物である。そのバノン氏は、別れの言葉を、「我々がともに闘い、勝利を収めたトランプ政権は終わった」と締めくくった。

シャーロッツビル事件、企業トップの助言委員辞任、並びにバノン氏解任を受け、トランプ支持層の離反が加速し、いよいよトランプ政権の終わりが始まる、と指摘する声も多い。一連の契機となったシャーロッツビル事件は、本当にトランプ政権にとって潮の変わり目となるのだろうか。NPR/PBS News Hour/Marist Pollが、事件発生直後の8月14日~15日に実施した世論調査で、興味深い点を示唆している。その一部を抜粋すると以下の通りである。


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支持率低迷のトランプ大統領だが、これまでは熱狂的なファンに支えられてきた。しかし、その“トランプ信者”をもってしても、シャーロッツビル事件に対するトランプ氏の反応を好意的に捉える声(62%)は、政策への支持率(80%)ほどには高くない。寧ろトランプ信者の方が、よりシャーロッツビル事件に関し、厳しい見方をしているのではないかと推察されるのが上記の調査結果であった。

トランプ政権に期待をかける人は多い。白人労働者は、「アメリカ・ファースト主義」が雇用や生活を改善し、自らの社会的地位復権に希望を持つ。またオバマ前大統領施政下で大きく深化したダイバーシティー文化に懸念を持つ保守的思想のグループは、トランプ氏の数々のタブー発言に溜飲を下げ、行き過ぎた多様化の流れにストップがかかると期待する。減税や規制緩和を求めるビジネス界も、基本的にトランプ政権への期待が大きい。軍需業界やタカ派国民にとっても、強い米国を目指す大統領は心強い。更に、上下両院を押さえる共和党議会も、大統領の暴言癖に眉をひそめつつ、これまでの民主党主導の政策にストップをかける好機到来として、トランプ氏に利用価値を感じている。

ところがトランプ政権は発足から7か月を経過しても、未だ本格稼働には程遠く、期待と現実の歯車は噛み合っていない。具体化しない政策。深まるロシア疑惑。迷走するホワイトハウス人事。そして共和党とホワイトハウスの温度差も出始めた予算や政府債務上限を巡る議論。日々、アメリカの分裂は深まる一方である。そんな中で発生したシャーロッツビル事件は、米国の悪しき過去を人々に想起させるデジャブとなったはずだ。もうこれ以上米国を分裂させたくない。そう願った国民の思いは、果たして大統領に届いただろうか。

(追伸:本コラム執筆中に、米国テキサス州のハリケーン災害の報に接しました。被災地の皆様に心よりお見舞い申し上げると共に、一日も早い復興を祈念致します。)

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