2017.09.14

思いのほか産業構造の変化が進む中国東北部(出張報告)


主席研究員 武田 淳

中国経済の回復が鮮明になっている。そうした中で、遼寧省、吉林省、黒竜江省のいわゆる東北三省は出遅れが指摘されてきた。実際に、2016年の実質GDP成長率は、三省の平均で全国の6.7%を大きく下回る+2.0%にとどまり、遼寧省に至っては▲2.5%とマイナス成長を記録した。2017年に入ると、三省平均の成長率は1~6月累計で+4.4%、遼寧省だけでも+2.1%と持ち直しているが、一方で遼寧省の名目GDPは前年同期より2割も低い数字が発表されるなど、依然として景気停滞という印象を拭い去れない状況にある。

他の地域に目を向けると、上海や深センなどの沿海部では輸出の回復という追い風もあって景気は好調、内陸の中西部でもインフラ投資や消費の拡大により高成長が続いている。にもかかわらず、なぜ東北部だけが取り残されているのか、その実態を確かめるべく、8月末から9月初めにかけて遼寧省の瀋陽に出張した(各地域の景気の状況については当研究所発行の「中国経済情報2017年9月号 伊藤忠拠点が見た中国経済の現状(2017年8月調査)」も参照されたい)。なお、出張先として日系企業に馴染みの深い大連ではなく瀋陽を選んだのは、スケジュールの都合を除けば、地理的に東北部の中心寄りであるが故に、より東北部全体の経済情勢が反映されているのではないかと考えたからである。

瀋陽桃仙空港は市の中心から20Kmほど南に離れたところにあり、4年前に開業した新ターミナルは、ドームのような高い屋根の下に広々とした空間が広がる、最近の中国の標準的な構造で、新たに開発が進む街という印象。空港内には韓国人が目立つが、地理的にも歴史的にも縁が深いせいであろう。市街地までは車で1時間ほど、途中の道路は片側3~4車線ほどあり、上海や北京に比べると車の数は少ないように思えた。針葉樹の林が散在する平原地帯から工場の立ち並ぶ開発区を超えて中心市街地へ入ると、ビルの一階に小規模の飲食・小売店が並ぶ典型的な中国の街並みとなる。上海や北京の中心部では少なくなった建設中のビルがまだ多く、ここでも発展途上であることを感じさせる。

今回の訪問先は、より実態が分かるであろうということで地場大手企業を中心としたが、それらの分野がロボットを含めた工場の自動化、自動車、IT・医療分野など先端的だったこともあり、景気の悪い原因を突き止めるという当初の趣旨に反し、中国全体の産業構造転換を取り込む、ないしは、それ自体を体現する前向きな動きを確認する結果となった。すなわち、訪問したロボットメーカーでは、「世界の工場」たる中国製造業が抱える最大の課題が労働コスト上昇を吸収するための生産効率向上であり、その解決策となる「自動化」、「ロボット」への需要が、供給力の倍増を求めるほどに急拡大していることを知った。地場自動車メーカーでは、より高品質を求める消費者や、経済性よりも環境を重視しつつある社会への対応が求められる中で、外資系メーカーとの協力強化や新エネルギー車の開発に取り組んでいる姿を垣間見ることができた。ただ、後者については技術的、コスト的なハードルが高く、地場メーカーの業績拡大を必ずしも約束するものではないようだ。また、IT・医療分野を手掛ける企業への訪問では、瀋陽という地に業界トップ企業が存在するという事実にまず驚いたが、日本企業の支援を受けたベンチャー企業であった同社が、社会保障制度の拡充という流れに乗って事業領域と規模を拡大させ、さらにはITを軸に医療サービスやEVシェアリングなど新たな分野に挑戦しようとする姿に、多くの日本企業が忘れつつある成長への貪欲さを感じた。

詰まる所、瀋陽の企業を回っての印象は、東北部にも新しい風が吹き、景気が改善に向かっているということである。東北部の産業の中核たる重厚長大産業の多くは、未だ業績不振が続いているようであるが、その中でも鉄鋼業界などは需要回復、市況改善により立ち直りつつある。全体としてみても東北部の景気は底入れしたと言ってよいだろう。

ただ、今後も景気の改善が続くかどうかは、産業構造の転換が一段と進み、新たな牽引引役が生まれるかどうかに依るところが大きい。その意味で、まずは上記のような先進的分野の更なる成長が期待されるところである。東北部は歴史的背景もあって古くから工業が栄えた地域であり、その名残で今でも国有企業の存在感が強い。そのことは、政策策定にかかる時間が変化を遅くしがちという欠点でもあるが、政策が反映され易いという利点でもある。今回の出張で見た限りでは、地場大手企業と地方政府が一体となって速やかに政策を立案し、実施しているようであり、今までのところ上手く欠点を封じ利点を活用できているようである。そして、更なる成長のため、民間や海外企業のノウハウや技術を強く欲しており、それらを誰がどのように提供していくのかが東北部の新興産業振興の大きな一つのカギとなろう。

そのほか、東北部の特徴として多く聞かれたのが「面子重視」である。この特徴は、BtoBでは時として厄介なものであろうが、BtoCビジネスにおいては、特にブランド力のある外資系企業にとって多様な活用が可能であろう。実際に、独BMWは着実に販売台数を伸ばしており、韓国ロッテは、THAAD配備問題という逆風を受けることにはなったものの、大規模なアミューズメント施設を建設している。一方で、コンビニの普及は遅れており、レジャー分野はこれからである。東北人の消費意欲の高さは、他地域よりも高い消費性向というデータでも裏付けられており、景気が回復し所得が増加すれば、自ずと個人消費主導の経済へ移行していくだろう。その際に、彼らの「面子」を刺激する財やサービスを提供する企業が成長の一翼を担うことになるのは言うまでもない。

中央政府肝入りの大プロジェクト「一帯一路」に関しても、ロシアや欧州とつながる入口という位置付けは、東北部に新しい価値を与えることになろう。地理的に近く、第二次大戦前には50万人以上が居住するなど日本人にとって遠からぬ存在の中国東北部は、何よりも出遅れていた分だけ成長余力を残している。気付かないうちに思いのほか産業構造の変化が進みつつあるこの地域に、かつての沿海部のような力強い成長の可能性を感じるのは、戦前の開拓者の思いに感化されたためだけではなかろう。今後の中国東北部の成長ぶりに注目したい。

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