2017.10.25
主席研究員 武田 淳
今月22日に投開票された衆院選は、周知の通り自民・公明の連立与党が予想以上の勝利を収めた。最大の勝因は、全議席の6割強(289/465)が小選挙区制という事実上トップ総取りの仕組みの下で、野党勢力が分散したことで間違いなさそうである。その中で、野党第一党に躍り出た立憲民主党の健闘ぶりも予想外であった。そのことは、比例名簿の候補者が足りず1議席返上したという事実が如実に物語っている。
立憲民主党の躍進については、共産党との候補者調整のほか、無党派層を多く取り込めたことが要因とされている。選挙戦のスタート時点では、野党第二党に甘んじた希望の党こそが、東京都議会選勝利の余勢を駆って無党派層の受け皿になると見込まれていたが、そうならなかったのはなぜか。女性代表の限界という意の「鉄の天井」説や、代表の発言を敗因とする幹部のコメントもあったが、それ以前に、政党への支持を得るために不可欠な、日本をどのような国にしたいのかという点で、有権者の心に響く主張を十分に伝えられなかったことも、大きな要因だったのではないか。
選挙戦を振り返ってみると、当初は争点として、憲法改正や安全保障、経済政策、社会保障を含めた財政問題、教育、原発を中心とするエネルギー政策などが挙げられていた。ところが、選挙戦が始まると、政党により温度差はあるにせよ、総じて他党の批判が目立ち、メディアの報道も、もちろん全てを見たわけではないので印象論ではあるが、スキャンダルなどで注目されている候補者の状況を伝えるものが必要以上に多く、肝心の政策に切り込んだものが少なかったように思う。
また、選挙結果において興味を引かれたのは、自民党に対する若年層の支持の高さである。若年層の支持を得やすい政策として真っ先に浮かぶのは、育児支援や教育の無償化であろうが、これらについては各党とも方向性は概ね同じである。自民党の政策の中で際立っていたものとしは、北朝鮮に対する強い姿勢が挙げられるが、選挙期間中は北朝鮮による挑発行動がなく、そもそも若年層に特に支持された理由と考えるのは無理がありそうだ。そのほか、政界のプリンスと称される若手候補者の活躍ぶりが好感度を上げた可能性や、巷間では就職環境の改善といった目に見える実績、あまり既存メディアを利用しないため政権批判から遮断されていた、なども指摘されているが、いずれにしても若者という将来を担う層から自民党の政策が支持を得たとすれば、以下に示す通り、将来の憂いを取り除く財政健全化という観点からは、意外感があった。
各党の政策を財政健全化への貢献度で測ると、自民・公明は消費増税を予定通り実行するという点においてはプラス評価である。ただ、当初は消費増税による増収分のうち、大部分を赤字国債の圧縮、すなわち借金の抑制に充てる予定だったものが、その半分程度を子育て・教育支援の財源に充てるとした。言い換えれば、借金返済に回す予定だったお金を使ってしまうものである。もちろん、子育て・教育支援拡充の受益者は若年層が中心であるが、その負担も借金の増加という形で自らの世代が負担し、更にはその子供の代へも負担を積み残すことにもなり得る。
一方、野党はいずれも、消費増税はしないが子育て・教育支援は拡充するという、少し虫が良すぎるような政策メニューを示した。一部の政党は、その財源を歳出削減に求めたが、それを実現するハードルは非常に高いだろう。ただ、もし本当に実現できたとすれば、受益者は若年層中心、負担するのは削減された歳出の恩恵を得ていた層となる。現在の社会保障を含めた政府の政策による恩恵が、若年層より中高年層の方が大きいと考えると(恐らくそうだろう)、歳出削減と子育て・教育支援拡充という組み合わせは、若年層にとってよりメリットが大きいはずである。更に言えば、消費増税を実施した上で、その増収分を当初予定通り借金の抑制に充て、子育て・教育支援の財源を歳出削減によって捻出すれば、借金返済という将来負担も抑えられるため、若年層にとって最大の効用が得られることになるはずであるが、そこまでの政策メニューを示した政党はなかった。
このように、税や社会保障という、政府による所得再分配について、若年層のメリットだけを考えれば、自民党よりも一部の野党の示す政策の方が支持を得られたはずであるが、結果がそうならなかったのは、その内容が十分に伝わらなかったためなのか、そもそも財政健全化という視点が忘れ去られていただけなのか。それとも、政策の実行力までを含めて評価したためなのか。歳出の削減には強力なリーダーシップが必要でことは言うまでもない。それが実現できる強い与党が継続したわけであり、若年層の将来のためにも、歳出削減にどこまで踏み込めるのか、まずは期待を持って注視していきたい。
-------------------------------------------------------------
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。