2017.12.15

2期目を迎えた習近平政権に関する誤解と期待


主席研究員 武田 淳

中国習近平政権2期目のスタートとなる共産党大会から2ヵ月近くが過ぎた。この間に伝えられた政治や経済の動き、さらには現地で見聞きしたことを踏まえ、党大会前後の変化について整理してみたい。

党大会の前に良く聞かれたことを改めて挙げてみると、習近平総書記に権力が集中するのではないか、その結果、彼の目指す改革が加速するだろう、また、景気は政策的な下支えを失い減速ないしは失速するはずだ、などだったと思う。これらのうち、まずは結果が出始めている景気について見ていきたい。

党大会の翌月となる11月の経済指標が概ね出揃ったが、そのうち景気動向を端的に示す製造業PMI指数は、7~9月期平均の51.8から10月に51.6へ悪化した後、11月は51.8へ回復した。他の指標から、輸出が大幅に回復し、小売販売は堅調拡大を続け、落ち込みを懸念する声が多かったインフラ投資も高い伸びを維持していることが確認できる。そもそも、国民生活の改善を政策目標の一つに掲げる習近平政権が、それに反する景気の悪化を許容するはずもなく、景気の低迷につながる舵取りをするとは考え難い。

権力集中についてはどうか。確かに党規約に習近平の考えが盛り込まれた。これは毛沢東、鄧小平以来のことである。また、政策決定機関である中央政治局の委員25人のうち半数程度を習近平に近い人物が占めたとされる。さらには、最高意思決定機関となる中央政治局常務委員会の委員7人(いわゆるチャイナセブン)の中に、5年後のトップ候補、すなわち習近平の後継者となるべき50代が慣例に反して入らなかったため、習近平3期目の可能性を残したという指摘もある。しかし一方で、習近平の右腕とされた王岐山を留任させられず、後継者候補として腹心の陳敏爾を常務委員に引き上げられなかったことは習近平にとって失点であろう。常務委員7名の顔ぶれを見ても、腹心と言えるのは地方行政官時代に兄貴分と慕った栗戦書と今回の昇格の道筋を付けた趙楽際の2名くらいであり、本人を除く残る4名は絶対服従とは言い切れない。権力が「強化」されたことは間違いないが、「集中」とまで言えるほどではないように思う。

改革は習近平の権力如何に関わらず進むだろう。それは当然、経済分野においてもだが、注意すべきはその目指す方向性である。習近平は、党大会の3時間半に渡る政治活動報告の中で、「新時代の中国の特色ある社会主義」を堅持し、「社会主義現代化強国」を築き上げることを共産党の使命とした。つまり、中国が目指すのはあくまでも「人為的な富の分配」を重視する社会主義経済であり、資本主義や自由経済、市場原理などがキーワードとなる日本や欧米の経済体系ではない。そのため、例えば国有企業改革は、日本の国鉄改革のように民営化を解決策とせず、国有のまま、必要に応じて市場の力、民間の力を活用し、その競争力を高めるものだと考えておいた方が良いだろう。日米欧先進国では、経済構造改革の推進を民間部門が主体的に担う機会もあるが、中国の改革においては民間企業が関与できる部分が小さいだけでなく、改革後の市場が民間企業にとって住み心地の良くないものになる可能性もあろう。

一方で、明るい話もあった。まずは、過剰設備削減が着実に進んでいる点である。過剰設備の象徴的な存在である鉄鋼業では、政府計画に沿った設備廃棄に加え、地条鋼と呼ばれる品質の低い鋼材の生産禁止やインフラ投資拡大などを背景とする需要増により、設備稼働率が正常化の目途とされる80%に近づいている。石炭についても、価格高騰が示す通り、需給環境は大幅に改善している。懸念された大量失業の問題も、政府による手当てのほか、シェアリング・エコノミーなどの新しいビジネスにより吸収されているようである。

また、政府による市場の支配が懸念されると書いたが、分野によっては民間企業にも活躍の余地が十分に残されているのも事実であろう。海外からの資金流入減少が人民元の不安定化につながる状況の下、中国にとって中所得国の罠を脱するため更なる成長の糧となるビジネス・モデルや技術力が必要であり、引き続き海外民間企業による投資を求めている。党大会後の出張では北京から深センへ足を伸ばしたが、民間企業の力で成長したこの都市では、その成功体験から民間企業へ期待するところが大きいようである。市政府関係者の話では、ロボットやIT、通信、航空、金融などの分野で、内外民間企業の力を必要としているとのことであった。

そして、何よりも日中関係が改善に向かいつつあることが、中国におけるビジネス・チャンスを期待させる変化であろう。先月、日中経済協会の訪中団が北京に訪れた際、中国側の代表として李克強首相が2年ぶりに登場した。日中平和友好条約締結40周年を迎える来年は、年明け後の早い時期に東京で日中韓首脳会談が開催され、李克強首相が訪日する見通しであり、再来年にかけては安倍首相と習近平国家主席の相互訪問も視野に入る。

中長期的な視点で見れば、既に2倍以上の開きがある日中の経済規模の差は今後も拡大する一方である。そして、一帯一路などの海外戦略によって中国の強い影響下に置かれる市場を含めると、「中国経済圏」は世界の相当に大きな割合を占めるかもしれない。日本企業にとっては、この拡大を続けるが近寄り難い部分もある中国経済圏と距離を置くことも一つの選択肢であるが、無視できないと感じるのであれば、風向きが変わり始めた今こそ、新たな目で市場攻略のための戦略を練り直す好機とすべきではないだろうか。

-------------------------------------------------------------
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。