2017.12.25

世界が注目したトランプ劇場、波乱の第一幕


所長 秋山 勇

12月に久しぶりにワシントンを訪れた。政権発足よりほぼ1年が経過、トランプ氏が大統領執務に馴れたというよりも、ワシントンの街がトランプ氏に徐々に慣れたのだろう。3月に訪問した時の重苦しいムードから一転、落ち着きと、そして活気を取り戻したようだ。市内中心部では、あちらこちらでビルの建て替え工事が進み、街で高級車テスラを見かける機会も何となく増えたような気がする。街全体のムードは悪くない。振り返れば、ワシントンの街のみならず、世界中が、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ大統領に振り回された1年であった。トランプ劇場第一幕を振り返りつつ、2018年を展望する。

トランプ政権1年間の総括:
■ トランプ大統領の大胆発言やツイッター砲は、選挙当時も、今も、変わらぬ勢いで次々と放たれる。今回の出張中に面談した複数のトランプ・ウォッチャーから、判で押したように、「Don’t follow what he said. Watch what he did.」という言葉を聞いた。これがトランプ政治を理解するための鍵だと指摘する。

■ 「TPP離脱、パリ協定離脱、NAFTA再交渉開始、エルサレム首都承認。全て約束通り。私は有言実行の男だ。」 トランプ節が冴える。トランプ支持者以外からすれば、物議を醸す内容ばかりとも言えるが、自らの掲げた“アメリカ・ファースト”を貫く姿勢は明確だ。そして「Drain the swamp.」。大手メディアや政治エリートを、大嘘つき、と罵りながら、“鼻持ちならない既得権者”と徹底対峙するファイティング・ポーズは、30%強程度と目されるコア支持層のハートをがっちり掴んでいる。この点は全く軸がぶれていない。

■ 「米国市民に最大のクリスマスプレゼントを用意している。」 12月になり、漸く共和党指導部の協力を得て、税制改革法案(「The Tax Cuts and Jobs Act」)が成立した。共和党の拙速過ぎる法案取り纏めプロセスには違和感が残るものの、経済界や市場の評価は高い。大統領の行政権限で実施した規制緩和の諸策も、産業界から総じて好意的に受け取られている。ただし冷静に見れば、派手な言動から受ける“印象点”の割には、トランプ1年目の具体的成果は限定的だったと言えよう。

■ 一方、関係者が複雑に絡む外交の場において、トランプ政権の問題点は如実に表れた。トランプ発言の多くは、法則性や予見可能性が欠如しているため、周囲に対して驚きとショックを与える。元よりトランプ氏は外交に関する知識は乏しく、更に言えば、外交には政治的興味も抱いていないと筆者は感じている。しかし直感力に優れたトランプ氏は、これまで歴代の米国政府高官たちが、半ば盲目的に邁進してきた「米国の国際的な責任と役割」など、実は幻想でしかないという風に考えている節がある。トランプ氏のストレートな物言いは、イラク、アフガンと続いた戦争によって一番割を食った一般市民、取り分け、雇用もままならず、社会から置き去りにされた白人低所得者層の琴線を揺さぶった。「皆これまでよくやった。悪いのは昔の政治家だ。もうこれからは自分だけのことを考えよう」。 トランプ氏のアメリカ・ファースト宣言で、やっと俺たちのアメリカが帰ってきたと、安堵したのである。

■ 補足すると、嘗ての、世界的なコミットメントを軸とする米国の外交方針を、現在のように限定的なエンゲージメントに転換したのはオバマ前政権であり、トランプ政権はこれを継続しているのが実情である。寧ろ同盟国への実質的なコミットはオバマ時代より強化された面もある。この点も、トランプ氏の言葉でなく、行動を見れば明らかだ。しかし、“アメリカ・ファースト”という言葉は、トランプ支持層以外の耳には、身勝手な孤立主義を強く想起させる。そして、トランプ氏の思いつきのような発言は、例えば中東など、微妙なバランスで成り立っている地域情勢を一気に不安定化させてしまう危険性を孕む。

■ 例えば、トランプ氏は12月6日、エルサレムをイスラエルの首都と認め、米国大使館移転を発表した。政権内の反対を押し切ってのトランプ宣言は、アラブ諸国始め、多数より遺憾の声が上がっている。既に現地においては、アラブ住民とイスラエルとの間で衝突が発生しているが、この発言は、米国やイスラエルに対するテロ・リスクを高める以外の何ものでもない。さすがのトランプ氏も、この発言のメリット・デメリットについて、十分にブリーフィングは受けていたはずだ。しかし彼の判断基準は国内対策を優先したとしか考えられない。即ち、自分が唯一、この“難しい公約”を実現した有言実行の大統領であることを支持者にアピールすると同時に、日に日に不利となるロシア疑惑からの興味転換を図る意図もあったろう。発言内容自体は、パレスチナ情勢や中東和平を意識した慎重な言葉遣いで、大使館移転時期も全く未定だ。ことによると、トランプ氏は自分の任期中に実際の大使館移転など実行するつもりはないのかもしれない。しかしながら、対イラン包囲網作戦において、水面下で協調するサウジとイスラエルにとっては、両者を再び反目させかねない迷惑行為に映ることだろう。

■ さてトランプ1年目に最も恩恵を受けた勝ち組は誰かと考えると、皮肉なことにトランプ氏が徹底的に叩いた「反トランプ大手メディア」と「富裕層」にたどり着く。米メディアの9割を占めるリベラル系メディア(CNN、NYTなど)は、トランプ氏との罵り合いで寧ろ視聴者が増え、トランプ番記者を増員する必要があるほどに絶好調と言われる。また好調な経済や大幅減税は富裕層に更なるメリットをもたらす。その一方で、トランプ・コア支持者たる低学歴・低所得白人層が享受できる恩恵は極めて限定的だ。無論、そんな彼らに対し、トランプ氏は「私は、外国が奪った米国人の雇用を、外国の手から取り戻した」という“言葉”を与えることを決して忘れない。

2018年の展望
■ 中間選挙の年である。通常、中間選挙は、大統領や与党に対する批判票が集まるので、常識的には共和党に不利だ。しかしトランプ氏の勢いを借りて2016年の選挙に大勝した共和党は、何としても、現在の上下両院における優勢を長く維持したい。しかし、大統領支持率が更に低下すると、共和党がトランプ氏と共倒れになりかねないので、共和党はトランプ氏を見切る判断やタイミングを冷静に見極める必要がある。共和党が長年目指していた大型減税が達成したことで、大統領支持率も若干持ち直した今、両者の蜜月は暫くは続くであろう。尤も、根底で価値観を共有しえない両者の関係はあくまで表向き。双方に利用価値があってのことだ。ちょっとした切っ掛けで関係が一気に冷え込むことになる。

■ そんな中、セクハラ・パワハラ被害者が、泣き寝入りせずに立ち上がろうという「#MeToo」のうねりは注視する必要がある。12月12日のアラバマ州上院議員補欠選挙で、セクハラ疑惑を受けた共和党候補者が、トランプの強力な応援にも拘らず敗退した。共和党が圧倒的に有利な州での民主党勝利。さて、トランプ大統領の登場と共に後退した「Political Correct」や「常識や良心」が米国社会に戻ったのか。いずれにしても、右からの強いトランプ旋風に対し、新しい方角からの風が混ざり始めてもおかしくない頃だ。

■ アラバマ州補選の結果、上院は共和党51対民主党49、いよいよ僅差となった。しかし肝心の民主党では、2016年の大統領選挙・連邦議会選挙大敗の総括が出来ておらず、強力なリーダーも不在である。更にヒラリー・クリントン氏が今なお第一線に立ち、投票直前のFBI再捜査(結局は白)が自分の敗戦理由と主張し続ける姿は、寧ろ民主党に対する有権者の不評を煽っている。社会正義を謳うものの、エリートさが鼻につく“リムジン・リベラル”(弱者・貧者・人権の味方と言いながら高級車を乗り回す偽善リベラルという意味)に対する不満や不信が、社会格差の拡大と共に増大、トランプ躍進を助長した点を民主党が如何に評価するか。そしてベビーブーマーに代わって米国社会の主力となったミレニアル世代(1980代以降生まれ、2000年以降に社会人となった年代)に如何に訴求するか。従来のリベラルな理想主義に代わる新たな基軸が必要なことは言うまでもない。

■ もう一つの注目は米中関係だ。中国はトランプ大統領就任以来、彼の心理分析を徹底し、これらを基に11月のトランプ訪中時の歓待大作戦を遂行、貿易不均衡の話題に遂に踏み込ませなかった。しかしトランプ氏が中国をアンフェアと見做すスタンスは大統領就任前から変わっていない。12月18日に発表された米政府の国家安全保障戦略でも、中国やロシアに対する厳しい姿勢が示されている。また米国では、選挙が近くなると、国内に外交タカ派的な論調が増える傾向にあるので、2018年は対中強硬論が浮上することも考えられる。勿論、現時点においては、喫緊の共通課題である北朝鮮問題を無視して、米中が対峙し合うことはないであろうが、逆に言えば、北朝鮮問題の進展が今後の米中関係の鍵でもある。

■ そして、トランプ第二幕に最も大きな影響を与えるのはロシアゲートだ。モラー特別捜査官による“Follow the money(資金の流れを追え)”と“Flip(寝返らせろ)”という捜査方針で、周辺から対象者を追い込んだ結果、疑惑の中心にあるマイケル・フリン元大統領補佐官が偽証罪を認め、息子を訴追しない条件で司法取引に応じたとの報道がある。フリンは、“自分は政権中枢の指示に従った”と陳述している模様であり、今後の焦点はクシュナー上級顧問、更にトランプ大統領の関与の可否であり、捜査の進捗は、中間選挙、そして2020年の大統領選挙に大いに影響を及ぼす。状況次第では、共和党がトランプ氏との距離を徐々に置き始めるかもしれない。自己防衛本能が強いトランプ氏が、自ら職を投げ出す可能性も考えられる。

トランプ劇場はまだ始まったばかりだ。第二幕もシナリオのない、評論家泣かせの展開を見せそうだが、言葉に惑わされることなく、「Let’s see what he will do.」で付き合いたい。  

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