2018.01.31

2018年 中東の正念場


所長 秋山 勇

2017年の経済は、米国・欧州・日本といった先進国が安定し、新興国も中国やインドが牽引する中、資源に支えられるロシアやブラジルも漸く持ち直したことで、全体的にバランスの良い成長となった。しかし、常に世界の何処かが、政治リスクや地域紛争の懸念に晒されていた。取り分け、鳴物入りで登場したトランプ大統領の存在感は周囲を圧倒、もし好調な経済面の支えが無ければ、トランプ効果は、深刻なマイナス影響となっていたかもしれない。

現在の世界のリスクは「政高経低」。今年も、安定した経済と不安定な政治のアンバランスさが際立つ一年になりそうだ。今、世界は、新しい秩序に向けた大きなうねりの最中(さなか)にある。グローバル化、多様化、国際協調主義といった、欧米発の価値観が揺らぎ、既存の国際秩序にも歪みが目立つ。世界全体に積極的にコミットしてきた米国が、自分の立ち位置を見直し始めたことを契機に、様々な混乱や空白が生じた。特に影響を受けやすいのが中東である。

今年は第一次世界対戦終結からちょうど100周年。この大戦に勝利するため、英国が行った三枚舌外交が、現在のユダヤ・パレスチナ問題の根っこになっていることを知らぬ人はいない。中東では常に列強のパワーゲームが繰り広げられてきたが、特に東西冷戦終了後は米国が中東に強くエンゲージした。ところがイラクやアフガンの戦争で体力も気力も喪失した米国は、オバマ時代になると世界の警察官の役割を返上し、その間隙をロシアが狙う。しかしトランプ大統領の派手な言動は、再び中東に波紋と混乱を呼び起す。就任後の初外遊で中東を訪問。イラン包囲網を張って、サウジやイスラエルを喜ばせたと思ったら、次はエルサレム首都宣言で、サウジやパレスチナに冷や水を浴びせた。米国は中東にとって、頼もしい支えなのか、それとも混乱要因なのか。

中東諸国は、米ロとの距離感を計りつつも、夫々がまず自分の足元を固めることに必死だ。そんな中、昨年筆者は、トルコ、イラン、UAE、カタール、イスラエルといった国々を回ったが、何処においても、腕っ節と鼻っ柱の強いリーダーが存在感を高めていることを実感した。

サウジの大改造
サウジを率いる、MbSこと、モハメッド・ビン・サルマン皇太子は、32歳の若さで王位継承第一位に昇進した。MbSは、次期国王としての支持を盤石とするため、経済や外交などで実績を示したい。まず脱石油経済計画「ビジョン2030」を発表し、国民にも痛みを求めつつ、石油一本足打法からの脱却を目指している。一方、国民には「自由や夢」というアメを与えることも忘れておらず、女性の自動車運転やサッカー観戦の解禁、映画館の建設、未来技術都市ネオム建設など、次々に花火を上げる。本気度は十分に感じる。しかしやや成果を焦り過ぎていないか。また国民がMbSの目指す改革のスピードについていけるかも気掛かりである。

MbSの外交政策にも危うさを覚える。イエメン軍事介入、イランと国交断絶、カタール封鎖など、全てイランの勢力拡大への対抗措置だが、いずれも長期化し、財政負担が重くのしかかる。興味深いのは、これまで疎遠であったロシアに、サウジから近づき始めたことだ。MbSの狙いは、イランのパトロンであるロシアから武器を大量購入することで、ロシアの興味をサウジに惹きつけ、イランから引き離そうというものだ。しかし中東プレゼンスを高めたいロシアにとって、サウジによる接近は思う壺である。ロシアはこれによって、イランとサウジ、両方に経済や軍事で影響力を及ぼせる立場になった。

MbSによる国内改革は諸刃の剣と言えるのではないだろうか。国民の理解を求めるため、MbSは国内に自由な空気を取り入れているが、これは国民が不満の声を上げやすい環境を自ら作っていることになる。もし改革が頓挫すれば、国民の非難をそらすために、MbSは対外政策を更に強硬にしかねない。サウジの内政の躓きが、中東全体の混乱に広がる恐れがある。


イランのジレンマ
サウジと覇権を競うイランは総合力でリードする。首都テヘランに行くと、これが僅か2年程前まで、長く国際制裁下にあった国かと思えるほど、街は整然、物資も豊富であることに目を見張る。石油やガスといった天然資源に恵まれ、中東の中では工業水準も高く、国民の知的レベルも高い。こういった点が逆に周囲から恐れられる所以なのかもしれない。

そのイランを率いる保守穏健派ハッサン・ロウハニ大統領の喫緊の課題は、経済再建、特に若者の高失業率対策だ。昨年5月に行われた大統領選挙の公約として、ロウハニ大統領は、外資導入による雇用創出を目指したが、これが進まない。一番の理由は、核合意によって一部の制裁は解除されたものの、今なお米国独自の制裁が残っているためだ。トランプ大統領はその後も執拗に核合意破棄をチラつかせる。昨年末からイランの地方都市で発生したデモは、国内経済や伸びない雇用に不満を持つ国民の抗議行動であったが、核合意や制裁を巡る欧米の動き次第では、再び民衆行動によって国内が不安定化するかもしれない。米国に対してハメネイ最高指導者が、どういった反応を示すかにも注目が集まる。国際復帰したイランを過去に逆戻りさせないような、国際社会の努力が必要だ。


エルドアンの戦い
トルコも気になる存在である。NATO加盟国にも拘わらず、最近のトルコは米国との関係が著しく悪化している。米国との軋轢の根底には、クルド過激派や反体制派指導者を巡る対立があり、改善の見通しが立たない。

国内では、来年の選挙で再選を目指すエルドアン大統領が、支持率アップに躍起となっている。エルドアンの生命線が、経済好転と治安維持であることは理解するが、2016年のクーデター未遂事件以降、今も非常事態宣言を解かない姿勢には国内の反発も多い。かかる中、嘗て内務大臣の経験もあるメラル・アクシュネル女史が新党「Iyi Party」(善良党)を立ち上げた。切れの良い言動で人気を集める姿は何処か小池百合子知事ともイメージが重なる。トルコの鉄の女性ことアクシュネル氏が、エルドアン大統領を脅かす台風の目となるかもしれない。


クルドの覚醒
もう一つ、中東で注視すべきポイントは、自国を持たない最大民族クルド人の動向である。人口 3000万人と言われるクルド人だが、トルコ・シリア・イランとイラクには、それぞれの国民になって居住する者が多い。テロ組織「イスラム国」掃討作戦の主力としてクルド人が活躍したことは周知の事実である。しかしイスラム国が実質的に崩壊した後、例えばイラクのクルド人自治区等で独立気運が盛り上がったものの、国際的な支持が得られず頓挫した。しかしこのことが、逆にクルド民族独立へのエネルギーを高める切っ掛けになった可能性がある。シリアでは、クルド組織の拡大を懸念するトルコが軍事行動を開始した。クルドを巡る不安は、これから本格化するのではないだろうか。


新しい秩序に向けたうねりが続く国際社会では、各地で次々と摩擦や化学反応が起き、大きな変化を巻き起こすエネルギーが静かに着実に蓄積されている。これまで欧米ロ等の影響を強く受けた中東諸国では、真の自立を目指し、強いリーダーが奮闘している。高まるエネルギーを前向きの改革に向けられるか、中東の正念場に注視したい。

-------------------------------------------------------------
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。