2018.03.15

「平和の祭典」後の朝鮮半島情勢と日本の立ち位置


主席研究員 武田 淳

平昌パラリンピックが開幕した3月9日、出張先のソウルで北朝鮮の方針転換の報に接した。同日夜のテレビ番組では、パラリンピック開会式が金正恩朝鮮労働党委員長とトランプ大統領の世紀の対決に完全に埋没していた。北朝鮮問題に関しては、オリンピック閉幕式以降、関係国の動きが活発になっていたとはいえ、「非核化」という言葉に強い抵抗感を示していた北朝鮮が、一転して非核化の意思表示をしたことは、韓国にとっても日本にとっても歓迎すべきポジティブ・サプライズであり、「平和の祭典」第2幕のスタートに花を添えたと言えるかもしれない。

ただ、あまりの急変ぶりに、俄かには信じられないという声が日韓双方から聞かれるのも事実である。北朝鮮のこれまでの基本路線は、「核武装を強化」することで自国に対する攻撃を防ぐ(抑止力)と同時に対外交渉力を高め、「現体制の下」で国際社会へ復帰し「国力の回復」を目指すことであったはずである。そして、当面の目標を、軍事的脅威である米韓合同軍事演習の中止と、国内経済の安定および核開発資金確保のための経済制裁緩和としていたことは間違いないだろう。ところが、今般、トランプ大統領に渡された金正恩委員長の親書には、①北朝鮮の非核化の意思、②核とミサイル実験の中止、③米韓合同軍事演習への理解、④トランプ大統領との早期の会談実施希望、の4点が示されたようである。これらを従来の方針と照らせば、「国力の回復」という最終目標を実現するために米韓の軍事演習を容認し、さらにはその実現のための有効な手段としていた「核武装」をも放棄し、経済制裁の緩和や経済活動の正常化に向けて、米国との直接交渉を求めたと解釈することができる。

その背景について、巷間では核兵器開発を進めるための時間稼ぎに過ぎないという、ある意味で消極的な見方が多いようであり、その可能性が低いとは思わないが、北朝鮮の貿易動向が示す窮状からは北朝鮮に時間稼ぎをする余裕はないようにも見える。北朝鮮経済は、これまで石炭などの鉱産物や繊維製品、水産物の輸出で得た外貨によって、原材料のほか石油や食品などの生活必需品を輸入する構図であったが、経済制裁の強化により輸出が大幅に減少、輸入に必要な外貨が激減している模様である。特に貿易の9割を占める中国の制裁履行による影響が大きく、韓国の経済開発研究院によると、昨年、北朝鮮から中国への輸出は37%減って16.5億ドルへ、一方で輸入は微増したため、対中貿易収支は17億ドルの赤字となり、外貨準備は2~30億ドルまで減少したとのことである。さらに今年は、経済制裁の強化によって輸出がほぼゼロにまで落ち込む見込みであり、例年通り30億ドル強の輸入をすれば、外貨準備を使い果たしてしまう。経済制裁による外貨枯渇懸念が北朝鮮を対話路線に追い込んだという見方も十分に説得力があるだろう。

対する米国の基本路線は、北朝鮮の「核放棄を絶対条件」とし、それを実現させるために経済制裁や軍事演習によって圧力をかけるものである。つまり、「対話」か「圧力」かの二者択一という話ではなく、核放棄を目指す上で「有効な対話」を実現するための手段として「圧力」を用いているに過ぎない。その意味で、今回の北朝鮮からの首脳会談の申し入れは圧力の成果であり、対話が核放棄に向けたものである限りは、米国の基本路線に沿った流れの中に位置付けられるものであろう。留意すべきは米国の「武力行使の条件」である。その条件には、北朝鮮から攻撃を受けた場合は当然であるが、北朝鮮が米国本土へ核攻撃できる能力を得た場合も含まれると考えておくべきであろう。そうであれば、その意味するところは、北朝鮮が核兵器開発を進める分だけ米国による武力行使の確率が高まるということであり、確率を下げるためには北朝鮮が「検証可能な非核化」のプランを提示するしかない。米朝首脳会談は、そのための貴重な機会と位置付ければ良いだろう。

このような米朝のせめぎ合いの中で、韓国にとっては、オリンピック・パラリンピックの成功も重要であるが、「朝鮮半島問題の当事者」としての立場を保つことも重要視されている。仮に米国単独や米中主導で朝鮮半島問題の解決に向けた議論が進められた場合、韓国が不利益を被る形で決着する恐れがあるためであり、それが故に北朝鮮との対話ルート確保に執着していると考えれば容易に理解できる。そして、当面の方針は米朝会談によって武力行使を伴わない問題解決の方策を見出すことであり、有事の際に最大の被害を蒙る可能性が高い韓国としては当然と言え、この点では日本とも利害は一致する。5月中の開催が見込まれる米朝首脳会談に先んじて4月末頃に南北首脳会談が実施される予定であるが、韓国としては露払い役として武力衝突回避の道筋作りを目指すことになろう。

こうした米朝韓の思惑や動きに対し、日本の基本路線は、引き続き米国と協調し北朝鮮の非核化を目指すものとなろうが、韓国同様、自国に被害が及ぶ恐れのある武力行使の回避を優先すべきであることは言うまでもない。また、拉致被害者の開放という固有の目的もある。そのため、米国とは異なる経路での北朝鮮との接点を探ることが必要であり、さらには、窓口たる国務省の混乱によって米国側の準備不足が懸念される米朝間交渉において、全世界が望む北朝鮮の非核化を確実に実現するための一助となることが、日本に対する役割期待であろう。

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