2018.11.09

米国/中間選挙を終えて


所長 秋山 勇

トランプ大統領が初めて経験する米国中間選挙が終わった。今回の特徴を挙げると、中間選挙としては、過去に例がないほど米国民、そして世界の注目を集めたことであろう。大統領選挙の投票率が6割程度であるに対して、中間選挙は4割程度と、一般的に中間選挙に対する有権者の関心度合いは低い。ところが今回は、選挙前の意識調査でも、7割近い国民が選挙に強い関心を持っているとも言われて、実際の投票率も5割程度になったのではないかと見られている。

一番の理由は、良くも悪くも世間の耳目を一身に集めるトランプ大統領の存在である。就任以来「破天荒」と「予測不能」が代名詞となった大統領だ。Political Correctnessを完全に無視した過激な言動は、敵味方、両方の闘争心に火をつける。政権与党に対する通信簿と言われる中間選挙には、与党批判票が集まるのが通例である。トランプ大統領の差別まがいの発言に憤慨する女性やマイノリティーはその急先鋒だ。そんな“ブルーウェイブ”(民主党の波)に負けるなと、共和党の先頭に立ったのもトランプ大統領だ。彼は選挙の当事者ではない。しかし、中間選挙で与党共和党が大負けしては、今後の政権運営が思うようにいかないだけでなく、2020年の大統領選挙に悪い影響が出る。

トランプ大統領を焦らせたのは、今年の春頃から続く、補欠選挙や地方選挙での民主党の勢いだ。共和党支持者も、中間選挙に向けた盛り上がりにやや欠けていた。しかし選挙戦後半になって、共和党支持者を覚醒させるような出来事が立て続けに起こった。

一つ目は、ブレット・カバノー最高裁判事の指名人事を巡る騒動である。最終的に、上院はカバノー判事の指名案を50対48の僅差で承認したものの、過去のセクハラ疑惑が浮上したカバノー氏の資質を問題視する民主党は収まりがつかない。逆に共和党は、疑惑の段階で犯罪者扱いするような、民主党の“乱暴な正義”を容認できない。実名で名乗り出たセクハラ被害女性の出現、公聴会で取り乱すカバノー氏、これらの様子が連日テレビや新聞を賑わし、国民の注目は俄然アップ。一躍中間選挙の争点となったのである。

二つ目は、中南米諸国の経済難民が、職や安全を求め、メキシコや米国を目指して北上する“キャラバン”の出現だ。数千人の難民が静かに、じわじわと押し寄せてくる。ここぞとばかり、トランプ大統領は支持者を前に叫ぶ。“アメリカを守る”、“軍隊動員”、“国境の塀は絶対必要だ”。目に見える恐怖は、トランプ節を一層際立たせる。トランプ大統領にとって国民の危機意識を煽る格好の材料となった。

前半戦での民主党優勢から、後半になって共和党が激しく巻き返し、両党互角という予想屋泣かせの状態で、11月6日の投票日となった。朝から列をなして投票場に向かう人。早々と期日前投票を済ませて開票を待つ人。出口調査の結果を朝から報道するメディア。米国の選挙はいつもお祭りのようだ。

未だ開票作業が続いている州もあるが、11月7日には大勢は決した。上院は、共和党が改選前より若干議席を上積みして過半数を確保。ただしフィリバスターを阻止できる安定過半数には届かず、現状維持プラスアルファの見通しである。一方の下院は、民主党が大きく票を伸ばし、8年ぶりに過半数を奪還した。また同時に行われた州知事選挙では、民主党の躍進が目立ったものの、非改選州を含めると共和党が26州、民主党が23州(未確定1州)、即ち両党の勢力がほぼ拮抗という結果となった。


勝者は誰か?

トランプ大統領が共和党の歴史的大勝利と言えば、民主党ペロシ院内総務も勝利は民主党と言う。筆者の見立ては、両党を含む利害関係者が、皆それなりにポイントを獲得できた、言わば“敗者なき選挙”であったのではないかと考える。

まず共和党。政権与党が圧倒的に不利という中間選挙の法則があること、更には、現職議員が強いとされる下院で、多くの共和党現職議員が立候補を見送ったことなどを考えれば、今回下院を失うのは想定範囲内であったと考えざるを得ないであろう。一方で、巷間言われた劣勢を跳ね返し、上院で票を積み増し出来た点は、トランプ大統領のツイート通り、「Big Victory」だ。閣僚は元より、最高裁判事やFRB長官等、重要役職者の承認権限を有する上院で、更に有利に立てた点は大きい。

トランプ大統領は今回の選挙で最も胸を撫で下ろした一人ではないだろうか。上院では議席を積み増した。また下院で議席は減らしたとは言っても、オバマ氏のような大負けはしなかった。“ねじれ議会”になったこともあり、開票後には、余裕と共に民主党に対する融和姿勢を見せているが、これは額面通りに受け取れない。“ねじれ議会”で政治が停滞すれば、全て民主党に責任があると支持者に対してアピールすることは目に見えている。本来経済がこれほど良い環境での選挙に与党が苦労するのも妙な話しなのだが、トランプ氏は運も味方につけている。

今回の選挙結果に、トランプ氏と同じく胸を撫で下ろしているのは中国かもしれない。トランプ政権のみならず、米国議会も中国に対して厳しい態度を取っている。台頭する中国への懸念は、米国民全体が抱いているとも言ってよかろう。議会が捻じれても、このスタンスは超党派で共有されているものなので、少なくとも当面はこの方針が変わることはない。しかし、やはり中国にとっては、米国内の分裂が深まっているほうが、切り崩しの余地もあり、対策も取りやすかろう。

ちなみに州知事選はほぼ引き分けと見てよいだろう。若干余談になるが、小選挙区制を採用する連邦下院議員選挙では“区割り”が非常に大きな意味を持つ。州毎にルールは違うものの、基本的に各州における区割りを決めるのは州議会と州知事であり、10年毎にリリースされる国勢調査データを持って行われる。次の国勢調査は2021年にリリースされるので、2022年以降の選挙では新たな区割りが適用されることになる。少しでも有利な区割りとするために、州レベルの選挙においても両党の鍔迫り合いは行われているのだ。

民主党にとっての意義は

では民主党の闘い振りをどう評価するか。正直なところ、攻めきれなかったという印象が残る。下院を奪還できたのは前進ではある。しかし筆者は、これが民主党にとって、2020年の大統領選挙を見据えた場合に必ずしも手放しで喜べないのではないかと感じている。今回の民主党の躍進は、あくまでアンチ・トランプの追い風に乗ったものであり、何ら国民多くに訴える党のビジョンは示されていない。またそれをアピールするだけの党の顔も表れなかった。有権者を選挙行動に最も熱く駆り立てるのは「怒り」のパワーであることは、トランプ大統領が証明した。最近の選挙は二極化が益々際立ってきており、トランプ支持者の“忘れられた怒り”を上回るような強い感情が民主党支持者に芽生えないと、トランプ岩盤支持層に対抗することは出来ない。民主党支持者が、2020年選挙までに燃えたぎるエネルギーをどれほど蓄積するか。もし下院を奪還したことで上出来と満足しようものなら、向こう2年間で積み増すパワーは大したレベルには到達するまい。

トランプ大統領にすれば、もし民主党の反対で政権運営が滞った場合は、その責任を民主党になすりつけるだろう。ちなみに今回ねじれ議会になったことで、トランプ流の経済刺激策には民主党がブレーキをかけると見られる。寧ろ経済が過熱し過ぎるリスクが和らぐことで、今後も緩やかな景気の拡大が期待されることにもなる。この場合、2年後にその恩恵を受けるのは、トランプ大統領と共和党、ということになるのだ。今回中途半端に勝つよりも、民主党は下野したままの方が、次の選挙で再選を目指すトランプ大統領とがっぷり四つの勝負になったのではないか、などと愚考する次第だ。

トランプ大統領が大勝利宣言した背景には、そんな思惑が隠れているのかもしれない。寧ろこれからの2年間で真の実力を試されるのは民主党である。なお蛇足ながら、何と言っても一番胸を撫で下ろしたのは我々情勢分析に携わる者である。今回は概ね予想通りの結果であり、久しぶりに面目が保てたと言える。

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