2018.11.26

消費増税対策「還元ポイント5%」の功罪


チーフエコノミスト 武田 淳

11月22日、安倍首相は消費増税後の景気冷え込みを防ぐための策として、クレジットカードなどキャッシュレスで支払った場合に、「5%」のポイント還元を検討する方針を示した。消費増税に伴う景気悪化への対策案が次々と打ち出される流れの中とはいえ、ポイント還元率を当初想定されていた増税分相当の「2%」から「5%」へ引き上げたことは、ちょっとしたサプライズとなったようだ。

確かに、5%となる意味は大きい。今回の案では、ポイント還元の実施期間を消費増税から9ヵ月間、つまり2019年10月1日から東京五輪開催直前の2020年6月末までとしている。そのため、この期間内の購入が前後に比べて有利となり、購入が集中し消費増税後の落ち込みをカバーすることが期待されるわけであるが、より重要な点は「増税前よりも増税後の方が有利」になることである。その結果、増税前の駆け込み需要を抑える効果をも期待できるため、景気の平準化にかなり効果的な策だと評価できる。

そうは言っても、増税分を上回る還元率をどう理解すべきか。その点については、キャッシュレスの普及を促進するための政策コストと考えれば、一応の合理性はあろう。実際に、小売業界の現場では、他の多くの業界と同様、乃至はそれ以上に深刻な人手不足に悩まされており、現金の支払い時の受け渡しや集計、金融機関への預け入れといった業務負担の軽減につながるキャッシュレスの推進は、人手不足対策として大きな意味があろう。

そもそも、一部に批判的な声が出始めている中で、安倍政権が消費増税対策に躍起となっているのは、前回2014年4月の消費増税後に個人消費が予想以上に長期間低迷し、最重要課題であるデフレからの脱却が遅れたことへの反省があるのは言うまでもない。安倍政権の発足当初は、日銀が大胆な金融政策を導入したこともあり、2年程度でのデフレ脱却が期待されていたが、実際には目標達成時期の先送りが続き、現時点では目標とする時期を設定することすらできない状況となっているのは周知の通りである。さらに、米国発の貿易摩擦が激化、世界経済の減速が見込まれる中で、今回の消費増税では失敗が許されない、そういう決意の下での判断だと理解すべきなのであろう。デフレ脱却は税収増を加速させるため財政健全化の早期実現に不可欠であり、その考え方自体は一つの合理的な方向性だと言える。

それでも、今回の増税負担が前回より遥かに小さいことを踏まえると、次々と消費増税対策を繰り出す最近の状況は、やり過ぎの印象を拭えない。日銀の試算によると、前回の増税規模は3%分で年間8.2兆円、負担軽減策などを考慮した実質的な負担増は8兆円であった。一方、今回の増税規模は2%分で年間5.6兆円にとどまるうえ、軽減税率導入で1兆円、年金生活者への給付金や介護保険料の軽減などで0.5兆円、教育無償化で1.4兆円の合計2.9兆円に上る緩和策が既に決まっており、差し引き負担増は2.7兆円、前回の約3分の1に圧縮される。

しかも、所得との関係が前回と大きく異なる。2014年度は給与所得(雇用者報酬)が年間4.7兆円増加したが、負担増8兆円の半分強にとどまり増税分を十分にカバーできなかった。しかし今回は、2017年度の給与所得が年間6.2兆円増加しており、2019年度には賃上げやボーナス次第で4兆円前後まで落ちる可能性があるが、それでも2.7兆円の負担増を十分に上回る。マクロ的な数字とはいえ、総額で見て負担増が所得増の範囲内かどうかは、大きな違いである。

さらに、今回のポイント還元策について言えば、終了後に反動落ちが見込まれるため、ただでさえ懸念されているオリンピック後の景気落ち込みを増幅する恐れがある。その際に再び景気対策が必要となれば、財政の健全化を遅らせることになる。こうした状況を踏まえると、今回の一連の消費増税対策に関して、本来は債務の負担軽減に充てるべき財源を、景気の下支えにどの程度回すのが最適なのか、もう少し冷静かつ定量的な議論があっても良いのではないだろうか。

改めて今回の消費増税の目的を振り返ると、破綻の懸念を払拭できないほどに積み上がった政府債務(借金)のこれ以上の膨張に歯止めを掛け、将来の国民負担の増加を抑制することだったはずである。にもかかわらず、ばら撒きのようにも見える政策を打ち出し、政府財政に対する不安を高めることになれば、特に若い世代は将来への不安から節約志向を強めてしまう恐れがある。キャッシュレス推進の恩恵は中心的ユーザーの若者中心という意味ではバランスが取れているとも言えるが、過去の経験則からは、政策的に所得を補填しても、安心して使える環境を整えない限り最終的に消費は増えず貯蓄に回るだけである。財政健全化が特に若い世代の安心につながり、消費を活発化させるという関係性にも十分に留意して、政策を検討すべきではないかと思う。

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