2019.05.13

世界経済に再び貿易摩擦の暗雲

チーフエコノミスト 武田淳

世界経済は、米中の貿易協議が一定の妥結に至り、関税引き上げ合戦に一応の終止符が打たれるとの期待を背景に、年初から徐々に明るさを増してきた。しかしながら、トランプ大統領が5月5日に発した、中国からの輸入品2,000億ドル相当に対する追加関税を5月10日に現行の10%から25%へと引き上げる、というツイートが、そうした期待に冷や水を浴びせた。

年初来、米中の間では貿易問題に関する閣僚級の協議が重ねられ、4月30日から5月1日にかけて北京で行われた協議の後には、95%程度まで合意に至ったという報道もあったようである。しかしながら、土壇場で合意内容について中国内の一部に強い反発があり、米国に修正を求めたところ、今度は米国側が強く拒否、上記のトランプ大統領のツイートとなったとされている。なお、両国が折り合わなかったのは、①デジタル分野、②技術移転強要に関する法整備、③国有企業への補助金について、いずれも米国が求める強い制約を中国が拒絶したと報じられている。これまでの関税引き上げによる影響が、中国の大豆輸入再開によって米国にとって限定的なものにとどまったことも、米国の強硬姿勢を後押しした一因とみられる。

結局、5月9~10日にワシントンで行われた米中閣僚級協議の最中、トランプ大統領が示した通り関税が引き上げられた。さらに、13日には米国の第4弾となる関税引き上げ、つまり、中国からの残る輸入全てに25%の追加関税を賦課する準備を開始する方針を示す予定(本校執筆時点)であり、こうした動きに対して中国は報復措置を取ることを明言している。米中両国による関税引き上げ合戦がエスカレートすれば、中国の輸出を減少させ、米国の物価上昇圧力を高めることにより、米中という世界の経済二大国の景気を減速させるのみならず、日本を含めた世界経済全体に悪影響が波及することは避けられない。

一方で、年初来の世界経済の回復を支えた3要因は、①米欧における金融緩和の継続姿勢が確認されたこと、②米中貿易摩擦が改善に向かうとの期待、③中国経済が年後半にも復調するという見通しであり、今回の動きは、これらのうち②米中貿易摩擦についてのシナリオが崩れたに過ぎないという見方もできる。実際に、米国の金融政策は利上げの停止が決定され、市場では利下げをも織り込む状況にあり、潤沢な資金供給が引き続き米国経済の堅調拡大を下支えすると見込まれる。ユーロ圏についても、昨年終盤以降の成長鈍化を受けて、もはや出口を探る議論は完全に封印されている。

中国経済に関しても、昨年の成長鈍化は政府によるデレバレッジ(債務削減)の加速が主因であり、年後半以降はスマートフォンを中心とする情報関連分野の生産調整によるところが大きい。もちろん、貿易摩擦も成長を押し下げる方向に寄与していることは間違いないが、政府は既にデレバレッジ政策の方針を転換、情報関連分野の調整は一般論に従えば半年から1年程度で目途が付くと考えられる。さらに、政府が金融緩和や減税、インフラ投資の拡大など政策総動員により景気を下支えしているため、貿易摩擦に起因するマイナス・インパクトにある程度は耐えられるとみて良いだろう。

したがって、問題は米中の貿易摩擦がどこまでエスカレートするかである。仮に関税引き上げが第3弾で打ち止めとなれば、上記の通り、世界経済は、減速はしても他の要因のプラス効果によって踏みとどまり、堅調さを維持する米国経済に支えられ、後退を回避できると筆者はみている。しかしながら、米国が第4弾を発動すれば、中国の対米輸出は大幅に落ち込み、企業の設備投資も一時的に停滞、年後半の景気下げ止まりシナリオは見直しを迫られる可能性が高まる。そうなれば、世界経済も腰折れを覚悟する必要があろう。

ただ、米国にとっても、第4弾には対象範囲に消費財が多く含まれることから、関税引き上げに伴う物価上昇が消費者の不満につながるほか、金融政策の自由度を制約するという観点で、リスクを伴うものである。6月下旬に開催されるG20大阪サミットに際し、米中首脳会談を開催、貿易問題について結論が出されるとの観測が出ているが、それがもし本当であれば、両国は協議を継続させる意思があることを意味し、一部で指摘されるように破談したわけではない。関税合戦の激化は米中双方に利がない。米中協議が残り5%の相違点を乗り越え、ひとまず終息に向かうことを期待したい。

-------------------------------------------------------------
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠総研が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。