2019.07.16

再開した米中通商協議の行方

チーフエコノミスト 武田淳

世界経済にとって最大の懸案事項が引き続き米中貿易摩擦であることに議論の余地はないだろう。両国の協議は、周知の通りトランプ大統領のツイッターによって一旦は中断したが、6月下旬のG20大阪サミットに際して行われた米中首脳会談で再開が決まった。ひとまず目先を覆う暗雲は取り払われたわけであるが、視界不良の根源たる米中間の深い溝は残されたままであり、今のところ貿易摩擦の先行きが不透明であることに変わりはない。

では、今後、その溝が埋まり、米中が貿易摩擦問題において何らかの合意に至る可能性はあるのだろうか。それを見通すためには、まず、現時点でどちらが主導権を握っているのか見極めておくことが必要だと思う。一部には、今回の大阪会談開催が最終的に習近平国家主席の意向で決まった形となったことなどを踏まえ、交渉は中国ペースになったという指摘もあるが、これまでの関税引き上げ合戦がもたらした両者へ影響を比べると、必ずしもそうは言えないように思う。

すなわち、中国では最大シェアを占める米国向けの輸出が大幅に落ち込み、台湾やASEAN諸国への生産移転が本格化、製造業の設備投資抑制にまで影響が波及するなど明確な景気下押し要因となっているが、米国においては対中輸出の存在感が小さいうえ、懸念された物価面への影響も今のところ限定的である。実際に、米国経済は堅調な雇用拡大の下で景気の柱である個人消費が好調な一方で、中国経済の46月期の成長率は1992年以降で最低となる前年比6.2%へ鈍化した。結局、中国は関税引き上げ合戦において米国のペースに振り回され、一方的に体力を消耗してきたことになる。一時はG20不参加をほのめかした習近平が参加を決めたのは、これ以上米国に翻弄されず攻撃を真正面から受け止める準備と覚悟ができたからであり、最終防衛ラインを明確化し長期戦を厭わず一歩も引かない方針を固めたのであろう。一方の米国は、そうした中国の姿勢に対し、譲歩して合意を目指すもよし、時間をかけて交渉を続けるもよし、もちろん協議を打ち切って追加関税第4弾を発動させることもできるため、引き続き主導権を握っていると言えるのではないか。

そうだとすれば、中国が想定する最終防衛ラインが重要になるが、通商交渉の責任者である劉鶴副首相が示した合意のための3つ条件、①全ての追加関税の撤廃、②実際に見合う輸入拡大(調達)規模、③合意文章のバランス確保、がそれに相当するのであろう。これらは、6月に中国政府が発表した白書「中米経済貿易協議に関する中国の立場」にも明示されている。補足すると、①追加関税については、米国が「段階的な引き下げ」を主張、中国は「全ての即時撤廃」を求めており、折り合っていない。②輸入拡大規模とは、もちろん中国の米国からの輸入増であるが、その規模について中国は協議の当初から6年間で1兆ドルないしは1.2兆ドル、つまり年平均2,000億ドル程度としていたと報じられている。実現すれば年間4,000億ドルにも上る対中貿易赤字が半減するため、米国にとっても異論はなかったはずである。ところが、協議の過程で米国は輸入拡大の大幅上積みを迫り、現実とかけ離れた要求に対して中国の「実際に見合った」という表現につながったようである。③合意文章については、米国から中国への一方的な要求ではなく、双方の「合意」という形を取るべきだという主旨だと考えられる。

そして、今後、米中の通商協議が合意に至るかどうかは、これら3つの条件に対する米国の対応次第となる。その際の注意点は、米国の判断の前提となる経済情勢が、現状のような関税の影響が軽微なものではなく、今後本格化する追加関税第3弾の税率引き上げ(10%→25%)や、第4弾を発動した場合となることであろう。つまり、関税引き上げ合戦が次の段階に進めば、雑貨や玩具、PC、スマートフォンなど、中国からの輸入に多くを依存する消費財の価格が上昇し、消費者の不満が少なからず高まる恐れがある。1年後に大統領選を控えたトランプ大統領は、世論の「強硬な対中スタンスへの支持」と「物価上昇に対する反発」とのバランスに配慮した決断を迫られることになる。

そう考えると、米国にも譲歩の余地はあるように思える。少なくとも、中国が示した3つの条件のうち「合意文書のバランス」を取る程度のことは、さほど難しい話ではないだろう。残る2つの条件については、中国側にも一定の譲歩が求められるかもしれない。「追加関税の撤廃」については、段階的な引き下げを中国が一部容認すれば歩み寄りは可能であろう。「輸入拡大」についても、中国は農産品を中心に多少の積み増し余地はあるだろう。次回の米中首脳会談は、111617日のチリAPECとの見方が有力である。先端技術を巡る対立は続くとしても、米中の貿易不均衡を巡る制裁と報復の応酬には終止符が打たれ、世界経済を包む暗雲の一つが払拭されることを期待したい。

-------------------------------------------------------------

本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠総研が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。