2019.01.15

新年は二大リスクの後退で幕開け


チーフエコノミスト 武田 淳

昨年暮れ、世界経済の先行きを見通すにあたり、8つの注目すべきリスク要因として、①米中貿易摩擦、②英国Brexit、③大陸欧州の政治不安定化、④米国金融政策、⑤中国デレバレッジ、⑥原油相場、⑦為替相場、⑧新興国通貨を挙げた。その詳細は、別途レポート(Economic Monitor「2019年の世界経済見通し~8つの注目点を中心に」)をご覧いただきたいが、これらのうち、特に昨年暮れから今年初にかけて金融市場に混乱をもたらした米中貿易摩擦と米国金融政策については、年初から改善の動きが見られる。

米中貿易摩擦については、北京で1月7日から次官級協議が開催され、当初の予定より日程を1日延長し、9日までの3日間に渡って実務レベルでの交渉が行われた。報道によれば、中国が米国からの輸入を拡大することで対米黒字を縮小させる方向性が共有されたほか、知的財産権侵害の防止について具体策が検討されるなど、一定の成果が得られた模様である。この協議の結果を受けて、1月中にも中国の劉鶴副首相が訪米、ライトハイザーUSTR(米国通商代表部)代表との閣僚級協議へ段階が進む見通しとなり、米国が3月1日まで90日間の猶予期間を設けていた追加関税引き上げ(10%→25%)が見送られるのではないかという期待が高まった。

米国金融政策については、FRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長が、昨年12月18~19日に開催されたFOMC(連邦公開市場委員会)後の記者会見において、利上げの継続を示唆したことから、米国経済、ひいては世界経済全体への悪影響が懸念されていた。しかしながら、年が明けて1月4日、パウエル議長は利上げを一時停止する可能性に言及、さらに9日に公表された上記12月FOMCの議事要旨において、悪影響が懸念されていたFRBの保有資産縮小ペースが見直される可能性が示されたことから、市場に安心感が広がった。

これらリスク要因の後退により、株式市場は日米とも落ち着きを取り戻しつつある。ただ、仮に米国の貿易赤字縮小に目途を付ける形で折り合ったとしても、根本的に米国は自らの覇権を脅かす中国の成長を快く思わないため、中国への圧力のかけ方を、関税のように米国自身も広く影響を受けるものから、特定の分野に絞り対中輸出や対米投資への制限へシフトするだけであろう。つまり、米中の摩擦は今後も続くとみておいた方がよく、そのことが与える世界経済への影響だけでなく、米中ともに経済的結び付きの強い日本企業のビジネスに直接影響が生じる可能性にも留意が必要だということである。

また、米国の金融政策についても、FRBが過去のように政策金利を所謂中立的な水準まで淡々と同じペースで引き上げていくわけでなく、世界経済や金融市場への影響に十分配慮する姿勢を示したことは間違いなくリスクの後退である。それでも、前例のない大規模な量的金融緩和からの脱出、膨大な保有資産の縮小によって、どのような影響が出てくるのか、当然ながら誰も正確には予想できない。そうしたリスクは残っている。

そのほか、英国Brexit、デレバレッジによる中国経済の悪化懸念などは今のところ改善が見られない。Brexitについては、英国議会による離脱協定の承認に向けた審議が1月9日に再開されたが、議会で可決される可能性は依然として低く、3月29日のBrexit発効が近付く中で、EUとの合意なき離脱となる可能性のほか、発効の先送り、離脱の取り下げまで有り得る状況にある。中国経済についても、政府は金融・財政総動員で景気の下支えに本腰を入れているものの、今年に入り本格化が懸念される貿易摩擦の悪影響に対する懸念も加わり、昨年12月に製造業PMI指数が49.4と2年半ぶりの50割れを記録、景気の悪化が明確である。加えて、日韓関係の悪化や2回目の米朝首脳会談を模索する動きなど、朝鮮半島を巡る情勢も不確実性という観点から新たなリスク要因である。

しかしながら、こうした情勢が世界経済を後退させるまでの影響をもたらすかと言えば、それは過大評価のように思う。米国の昨年12月雇用統計に象徴される通り、主要先進国のファンダメンタルズは昨年暮れにかけても好調さ維持、一部で悪化している指標も、多くは「絶好調」から単なる「良好」へスピード調整をしている程度である。リーマン・ショック時のように、特定のリスク資産に大規模な資金が集中している確たる証拠もなく、伝統的な景気後退の兆候となる在庫の積み上がりが顕著な国や分野も見当たらない。もちろん、巡航速度へのスピード調整とはいえ、そのスピードに適応できるまでの間に過剰生産から過剰在庫が発生、調整を深めることは良くあるが、その際に最も危険なのはブレーキの掛け過ぎであろう。安定成長のために慎重さは必要だが、行き過ぎた景気後退懸念を背景とする過度な経済活動の萎縮こそが一番のリスクではないだろうか。

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