COLUMNコラム

2020.02.10

世界経済が迎える新たな試練

チーフエコノミスト 武田淳

年初に今年の世界経済を展望するにあたり、米中貿易摩擦とBrexitという2大リスクが一時的とはいえ後退し、これまで停滞していた設備投資などの企業活動が再始動することで、昨年の減速基調から脱し、その程度の違いこそあれ、方向としては持ち直すと見込む向きが多かったと思う。しかしながら、新年早々、米国とイランとの報復合戦がエスカレートし、一時は大規模な軍事的衝突を覚悟するほどにまで状況が悪化、最近でもシリア反政府勢力を支援するトルコ軍とシリア政府軍が衝突するなど、中東において地政学リスクが高まっている。アジアでも、香港ではデモが継続、北朝鮮は経済制裁の影響で経済的に困窮する中で米国との対話を再開するため挑発的な姿勢を強めるなど、不安定材料が散見される。

そうした中で、今度は新型コロナウィルスの感染拡大が世界経済に暗い影を落としている。29日の中国保健当局の発表によると、新型コロナウィルスの累積患者件数は中国本土だけで37,198件、死者は全世界で813人に上り、終息に向かう兆しは未だ見えない。その経済面への影響を、①春節休暇期間、②春節休暇後、③他国を含めた波及、の3つに分けると、まず①春節休暇期間においては、もともと多くの経済活動が停止するため、影響は旅行や小売・外食など一部の業界に限定される。これらのうち、小売・外食は春節休暇期間の売上が年間の2%強と概ね日数相応であり、ネット販売によってカバーされる部分も多いため、影響はさほど多くないだろう。しかしながら、旅行業界では春節期間の売上が年間の8%程度にも上るため、仮に旅行消費が半減すれば13月期のGDP1%強に相当する需要が消滅することになる。特定の業界に集中するとはいえ、決して小さい影響とは言えないだろう。

そして、②春節休暇後については、29日まで企業の活動を原則として停止する地域が中国31の省・直轄市・自治区のうち26にも上り、震源地の湖北省では13日まで停止する。さらに、当初は130日までだった春節休暇を22日まで延長している。これらを合わせると、大部分の地域で経済活動が当初より8日多く停止することになり、日数では13月期90日の約9%にも相当する。そのため、この間に企業の生産活動の何割かが停止すると、GDPは数%の単位で押し下げられることになる。先の春節休暇期間中の影響と合わせると、中国の13月期のGDP成長率が25%ポイント押し下げられても不思議ではない。

さらに、こうした影響は、中国内においては失業や企業倒産の増加、企業行動の委縮を通じて、海外へは輸出の減少やサプライチェーンを通じて波及する。日本では、既に報道されている通り春節期間を中心にインバウンド需要が落ち込んでいる。例えば大手百貨店では春節期間中の免税品売上が昨年より1割程度減少したそうである。また、3月末まで約40万人分あった中国からの団体旅行の予約は大半がキャンセルされる見通しであり、その規模は昨年13月期の中国人訪日数217万人の約18%、全訪日外国人数805万人の約5%に相当する。つまり、サービス輸出にあたる旅行関連分野の売上は13月期に5%程度押し下げられることになり、それだけで日本の輸出全体が1%程度、GDP0.15%程度減少する。さらに、春節休暇後の企業活動停止により中国経済が冷え込むことで、中国向けのモノの輸出も相応に落ち込むだろう。これを加えると日本のGDPはさらに押し下げられ、13月期の成長率は、消費増税により落ち込んだとみられる昨年1012月期に続いて前期比マイナス成長に陥る可能性が十分にある。このような影響は、中国と結びつきの強い韓国やASEAN諸国でも見込まれ、アジア全体で景気が下押しされることになろう。

以上の通り、今後、仮に速やかに感染拡大が終息に向かうとしても、春節休暇期間の旅行客の減少やその後の経済活動抑制の影響によって中国経済が大きく落ち込むことはほぼ確定している。さらに、その影響は日本のほか、アジア全般に徐々に広がり、持ち直しへの期待が高まっていた世界経済は再び停滞状態に引き戻される可能性が高い。さらに、感染拡大が長期化すれば、中国経済の落ち込みも継続、その影響は海外へさらに広く波及し、世界経済全体が昨年以上に冷え込む恐れもある。この冬、米国ではインフルエンザが流行、患者数1,900万人、死者は1万人を超えたそうである。それでも目立った混乱に至っていないのは、既知のウィルスであるが故に出口が見通せるからであろう。新たな試練を迎えた世界経済が再び明るさを取り戻すため、新型コロナウィルスの感染拡大が早期に終息に向かい、中国の経済活動が正常化することを願うばかりである。

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