2020.10.13

「スガノミクス」が目指すもの

チーフエコノミスト 武田淳

菅政権誕生から早1ヵ月、具体的な施策が打ち出されるにつれて、その目指す方向性が徐々に明らかになりつつある。コロナ禍で世界的に景気が著しく悪化する中、米国では大統領選、中国では次期5ヵ年計画の発表を控え、その意味で転換点を迎えつつある米中の対立は激しさを増しており、両大国の間に位置する日本の舵取りに関する注目点は数多くあるが、ここでは菅政権の経済政策「スガノミクス」について、3つの特徴を中心に見ていきたい。

1つ目の特徴は、政権発足時にも示された通り、基本的にアベノミクスの継承だということである。アベノミクス1本目の矢である金融政策は、9月23日に行われた菅首相と黒田日銀総裁の会談において政府と日銀の連携を確認、黒田総裁が2%の物価上昇を目指すことを改めて表明したことで、安倍政権下で「異次元」の領域に達した超金融緩和は明確に継承された。2本目の矢である財政政策も、菅首相は総裁選でコロナ禍対策を「必要であればしっかり対応したい」と明言、安倍政権が準備した予備費10兆円で不足する場合は、追加の財政措置を行う意向を示している。

こうした金融財政政策の目的は、言うまでもなくコロナ禍中での景気回復であるが、両者の関係について菅首相は、「コロナ対策を最重要とし、そのうえで社会経済活動との両立を目指す」とした。ただ一方で、コロナ感染再拡大の懸念が残っているにもかかわらずGoToキャンペーンを予定通り進めていることに対し、景気優先ではないかという指摘もある。その本意を察するに、あくまでも最終目標は経済活動の正常化であり、そのためにコロナ感染対策が最重要だ、ということだと思う。実際に政府は、コロナの症例の分析を深め、その結果を活用することで、経済全体にブレーキを掛けず、医療崩壊を回避するために効果的な対応策の検討を進めているようである。

アベノミクス3本目の矢である成長戦略は、大胆な規制緩和が柱とされてきた。菅首相は行政・規制改革を政権のど真ん中に置くとしており、こちらも方向性は一致している。この行政・規制改革の断行をスガノミクス2つ目の特徴として挙げたい。菅首相の言葉を借りれば、「当たり前」の目線で縦割り行政や既得権益、悪しき前例主義による弊害を浮き彫りにし、真の官邸主導で徹底的に排除していく。社会経済のインフラである政府部門の効率化は、民間部門の生産性を高め、日本経済の成長を促進しよう。ただ単にアベノミクスを継承するのではなく、安倍政権の官房長官として現場と接してきた経験と国民目線で必要に応じて軌道を修正し最終形に導くことこそが、スガノミクスの核心と言えるだろう。

そして、3つ目の特徴は、菅首相が目指す社会像として示された「自助、共助、公助」である。これらの言葉は災害対応において使われることが多いようであり、まず自分のことは自分で守り(自助)、必要に応じて自分の周辺と助け合い(共助)、それで対応しきれない場合は国を頼む(公助)、という考え方を示すものとされる。これを政策の方向性に置き換えた場合、例えば社会保障制度における対象範囲の縮小や自己負担の増加、教育制度における私立学校や教育費への補助削減、道路などインフラ利用の有料化、などを意味するという受け止め方がある。単純化すれば「小さな政府」志向であり、その対価として、破綻寸前ともされる国家財政の健全化につながるという意見もあろう。少し経済から離れ、社会思想ないしは政治思想的な観点で捉えれば、米ケネディ大統領の就任演説にある「国家が国民のために何ができるかではなく、国民が国家のために何ができるか」という一文で示されたような、国民が自由を勝ち取るためには、国家に隷属するのではなく自らが主体的に国家を運営する気概を持つべきだ、といったような考え方に近いようにも見える。

いずれにしても、その真の意味は今後の政策に反映され、それが今後1年以内に行われる衆議院選挙で国民の審判に晒される。このことは、あらかじめ方針を示した上で政策を打ち出していくことにより、選挙前にありがちなポピュリズム的な政治、ただ国民の要求に幅広く安易に応え、そのツケを無責任に後世に回すような政策運営を封じる覚悟を表しているのかもしれない。それが菅政権の方針だとすれば、やや大袈裟かもしれないが、民主主義の危機が叫ばれる昨今において大変意義深い挑戦だという評価もできよう。

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