2021.02.10

米国経済の強さに見る日本の課題

チーフエコノミスト 武田淳

ある取材で米国経済の強さを聞かれ、次のように答えた。強さを測る物差しとして、マクロ経済学で言う「成長会計」、つまり経済成長を左右する労働力、資本、生産性の3要素を用いるとすれば、米国の人口増加率は移民による流入で年0.5~0.6%程度と高く、既に減少に転じている日本はもとより、ユーロ圏の0.1~0.2%、中国の0.4%をも上回り、労働力の面において他の主要国より優位だと言える。

資本についても、米国は国内外から投資資金をより多く集め、成長を押し上げている。具体例を挙げると、代表的な株価指標であるS&P500の時価総額は、2020年末時点で33.2兆ドル(3,430兆円)、東証1部(667兆円)の5倍強にも上っている。米国の名目GDPは日本の3.8倍程度であり、経済規模の差以上に株式市場へ資金が流入していることになる。

生産性に関しては、IT投資や研究開発投資の大きさに左右されるという見方があるが、その規模をGDPと比較する限りでは米国でこれらの投資が目立って大きいわけではない。ただ、IT投資ではパッケージソフトが広く活用されており、研究開発費は研究者一人当たりで見れば世界一である。これらの事実が示すように、中身によって投資効果を高めていると考えられる。

別の物差しとして、ビジネスの重要なリソースとされるヒト、モノ、カネを用いてみても、ヒトに関しては、良く引用される英国誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」による大学ランキングトップ10のうち8校が米国、シリコンバレーというスタートアップの聖地もあり、世界中から成長意欲旺盛で優秀な人材を多く集めている。

モノの吸引力も圧倒的である。米国の消費者市場は2020年で14.2兆ドル、同年のユーロ圏(6.5兆ドル)、中国(5.4兆ドル)を大きく上回っており、規模において群を抜いている。しかも、1人当たりGDPは6.5万ドルとドイツ(4.6万ドル)や日本(4.0万ドル)より高く、所得格差はジニ係数という指標で見る限りEU主要国や日本より大きい。つまり、米国市場は大富豪から低所得者層まで幅広い消費者が分布しているため、多くの企業にとって魅力的な市場となり、世界中からあらゆるモノを集めている。

そして、強大な購買力の裏付けとなるのが絶対的な基軸通貨であるドル、つまり世界最強のカネである。80年代の米国は「双子の赤字」、つまり財政収支と経常収支の赤字により景気低迷と物価上昇が併存するスタグフレーションに悩まされ、当初は金利が上昇しドル高傾向だったものの、最終的に「双子の赤字」による潜在的なドル安圧力がプラザ合意によって表面化した。双子の片割れである経常赤字は、2000年代半ばにもGDP比で6%まで拡大し、リーマンショックまで続いたドル安傾向の大きな要因となった。しかしながら、2010年代に入り本格化したシェール革命により原油・ガスの輸入が大幅に減少、貿易収支が改善したため2017年には経常赤字がGDP比2%を下回り、ドルの下落圧力は大きく低下した。

バイデン政権となり、コロナ対策予算が積み増され財政赤字は一段と拡大、シェール開発にも逆風が吹く可能性が高いなど、ドルにとって状況の悪化が見込まれるが、為替相場は言うまでもなく相対的なものである。ドル安材料が出たとしても、ユーロや日本円、ましてや人民元がドルの地位を脅かすとは考え難い。多少ドル安に振れたとしても、ドルが世界一の基軸通貨であることに変わりはないだろう。一方で、トランプ政権時に抑制姿勢が見られた移民政策は、バイデン政権下で元の姿に戻るとみられる。したがって、総合的に見れば、ここに挙げた米国の強さを支える諸要因が政権交代で失われるわけではない。

翻って我が国を見れば、人口は既に減少しており、技能実習生などの形で外国人労働力は拡大しているものの移民には依然慎重である。資本市場についても、何年かに一度、思い出したかのように「国際金融センター」議論が一部で盛り上がるが、香港の地盤沈下が懸念される中で未だアジアの中心にすらなり切れず、生産性改革は少子化による労働力の絶対的不足という事態に至ってようやく重い腰を上げた印象が強い。

さらに、大学ランキングやスタートアップ活性化などは永遠の課題となりつつある。かつて高機能、高品質の商品を数多産み出してきた消費者市場は、長く続くデフレが賃金にも波及、所得水準は国際的に見劣りし、購買力も購買意欲も低下、疲弊し陳腐化しつつある。円の国際化は必要性すら認識されず、デジタル化を目論む人民元にアジア最強通貨という座を奪われかねない状況にある。

米国の強さを確認する中で改めて見えてくるものは、世界レベルでの競争を成長の源泉とする姿であり、その是非はともかく所得格差ですら成長の糧とする逞しさである。国民個々にとっては厳しい環境であるが、それが経済全体を底上げする力になっている面があるのだろう。

日本は、そうした道を選ばなかった。それでも、世界的に見れば未だ最上位レベルの豊かな生活を維持し、しかも米国や共産主義の中国に比べても所得格差は小さい。一見すると理想的な環境であり、その現実に満足すべきなのであろうが、どういうわけか世論調査などが示す国民の幸福度は低い。その背景には、この恵まれた環境を謳歌しているツケが政府の債務を世界最大級にまで膨らませていることへの憂いがあるのかもしれない。

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