2023.04.10

欧米銀行危機は世界経済の新たな試練となるのか

チーフエコノミスト 武田淳

欧米の景気は、政策金利が大幅に引き上げられたにも関わらず、思いのほか底堅い。米国の成長率は昨年1012月時点で前期比年率+2.6%と堅調であり、今年1月以降も雇用は巡航速度とされる月1520万人以上の増加ペースで拡大を続けている。欧州もユーロ圏の成長率が1012月期に前期比年率▲0.1%とマイナスに転じたとはいえ、企業の景況感はエネルギー価格の上昇一服などから今年に入り改善している。

 景気のバロメーターであるインフレ率も、消費者物価の基調を示すコア指標は、米国で2月も前年同月比+5.5%と依然高く、ユーロ圏に至っては3月に+5.7%へ伸びを高めている。欧米の中央銀行が2%の上昇を目指していることに鑑みれば、未だインフレ圧力は根強く、景気は過熱気味ないしは回復への期待感が強過ぎる状況にある。

 かように世界経済は、中国を含めて脱コロナこそ実現したものの、昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻により一段と強まったインフレ圧力は収まらず、正常化には程遠い状況にある。そのような中で、今度は欧米でシリコン・バレー・バンク(SVB)やクレディ・スイスなど銀行の破綻が相次ぐという事態に至った。リーマン・ショックの再来かと身構えた向きも少なくなかったと思うが、米国では預金の全額保護や中央銀行(FRB)による大規模な資金供給などにより、欧州は渦中のクレディ・スイスをスイスの最大手銀行UBSが買収することで、ひとまず沈静化に向かいつつあるように見える。

 銀行破綻の原因は欧米で異なる。米国では、歪なバランスシートが想像をはるかに超えたスピードでの預金流出を招いた。つまり、資産サイドでは、預金量が貸出額を大きく上回っていたため国債などの債権に運用を依存せざるを得なかったことから、金利の上昇が債権の評価損を急速に拡大させた。一方の負債サイドは、預金がベンチャー企業など同じ情報ネットワーク内に属する特定のグループに集中、かつ預金保険の上限を大きく上回っていたことから、評価損発生で信用不安が高まり一気に預金が流出した。まさに現代型の預金取り付け騒動である。

 欧州のクレディ・スイスのケースは、簡単に言えば投資銀行業務への傾倒というビジネスモデル転換の失敗である。破綻のきっかけは、多額の損失を埋め合わせるための増資に目途が付かず、それが故に一部の特殊な債券(AT1債)が無価値となり、市場の信用を失ったことである。欧米とも同様の問題を抱える破綻予備軍は残っているが、そのリストアップや精緻な評価を済ませ、対応策も整えられたことから、破綻の連鎖は食い止められたとみて良いだろう。

 全く別の原因で起きた今回の欧米の銀行破綻であるが、根底にはコロナ禍対応のため大量に供給されたマネーの存在があることは間違いない。やや古典的なアプローチではあるが、代表的な資金供給量の指標であるマネーストック(M2)の動きをみると、増加ペース(前年比)は米国で20212月のピーク+26.9%から昨年12月にようやく減少(▲1.1%)に転じたところであり、ユーロ圏では20211月のピーク+11.5%から昨年12月時点でも+4.2%と増え続けている。そのため、資金の供給量を経済活動と比べた指標「マーシャルのK」(=マネーストック÷名目GDP)は、米国・ユーロ圏ともに昨年12月までリーマン・ショック後のトレンドを上回る状態が続いており、資金供給が未だ過剰であることを示している。マーシャルのKの実績とトレンドの乖離は、昨年末時点で奇しくも米国・ユーロ圏とも5.4%であり、15%程度あったピークに比べると縮小しているが、急速かつ大幅な利上げを行ったにも拘わらずマネーが過剰な状態が続いていたことが、金融引き締め効果を弱め、銀行経営を狂わせたと言えるだろう。

 上述の通り、銀行破綻による市場の混乱はひとまず収束に向かっており、それ自体が世界経済の新たな試練となることは避けられそうである。ただ、その後遺症が銀行の貸出態度慎重化という形で残り、マネーの収縮を加速させ欧米景気を急速に冷え込ませることは避けられそうもない。その結果、過剰マネーで弱められていた金融引き締め効果が本領を発揮し、インフレ圧力を抑え込むという、願っていたシナリオが実現するわけであるが、経済は生き物であり、ソフトランディングは容易ではない。マネーストックの伸び(前年比)は、既に今年2月時点で米国ではマイナス幅を拡大(▲2.2%)、ユーロ圏でも+2.7%まで鈍化、資金供給は一段と抑制されている。今後は行き過ぎた金融引き締めによる景気のオーバーキル、ハードランディングという次のリスクを十分に意識しておく必要があろう。

 

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