2023.05.24

財政危機回避に向けた異次元の策が求められる「骨太の方針」

チーフエコノミスト 武田淳

経済財政運営と改革の基本方針、いわゆる「骨太の方針」策定の季節がやってきた。今年の注目点の一つは、「異次元の少子化対策」の具体化と、その財源であろう。報道によると、政府は児童手当の支給対象年齢を18歳まで引き上げることのほか、第3子以降の支給額倍増や所得制限の撤廃を検討している。こうした児童手当の拡充には1.2兆円必要とされ、政府は増税ではなく社会保障費の削減と保険料引き上げにて手当てする方針だとされる。

財源という話では、防衛費に関しても議論が本格化する気配である。政府は昨年12月、今年度から5年間の防衛費を計43兆円に増額する方針を決めた。現行の中期防衛力整備計画では27.5兆円としていたため、15兆円あまり上積みされることになる。その主な財源として、歳出削減や国有財産売却、特別会計の剰余金などを原資とする「防衛力強化資金」の創設準備が進んでいるが、それだけでは足りず来年度以降は増税が必要となる可能性もある。 

財源が問題視されるのは、言うまでもなく政府の債務、つまり借金が大きく積み上がっているためである。政府の債務残高を示す数字には、国だけを集計したものや、地方を含めたものなど幾つかあるが、財務省が公表する「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」、つまり国だけを見ると、20233月末現在、国債発行残高が1,136兆円、借入金は50兆円、政府短期証券が84兆円で、合計1,270兆円にも上る。先日、発表された2022年度のGDP(名目)は561兆円であり、政府債務はその約2.3倍に相当する。

IMFの統計を使って他の先進国の状況を見ると、債務上限問題で混乱が続く米国の政府債務はGDP1.2倍、欧州の大国で最も財政が悪いイタリアでも1.4倍であり、かつて債務危機でデフォルト寸前だったギリシャですら1.8倍である。しかも、これらの数字は地方分を含んでのものであり、同じベースで日本を測ると2.6倍に達する。日本政府の財政が如何に厳しい状況にあるのか、この数字を見れば一目瞭然である。 

にもかかわらず、政府の財政収支は赤字状態が続いている。国の今年度の予算は、税収が69.4兆円、その他収入の9.3兆円を合わせて収入の合計は78.7兆円と見積もられている。これに対して支出は、一般歳出(政府の活動にかかる費用)が72.7兆円とかろうじて収入の範囲内だが、地方自治体への交付金が16.4兆円あり、この時点で赤字である。さらに、国債の元利返済(国債費)が25.2兆円もあるため、35.6兆円の国債を発行して穴埋めすることになる。 

これを家計にたとえると、世帯主の年収が694万円、他の家族の収入93万円を加えて合計787万円の収入に対して、生活費に727万円も使い、離れて暮らす子供への仕送りが164万円、住宅ローンなど借金の返済が252万円もあるため、新たに年間356万円も借金しなければならない状況となる。これでは借金は減らないどころか、増える一方である。しかも、今はローンの金利が低く、お金を借りやすいので何とかなっているが、米国のように金利が2倍にも3倍にも上がり、銀行が貸出を渋るようになると、果たしてやり繰りできるのか心配である。 

そのような中、東京財団政策研究所が515日、「経済学者及び国民全般を対象とした経済・財政についてのアンケート調査」の結果を発表した。内容はタイトルから想像される通り、経済学者と国民の財政についての認識を比較したもので、両者に共通しているのは、財政赤字を「大変な問題」とする割合が約4割で最多だった点である。また、国の借金が増え続けば「増税や歳出カットを強いられる」と答えた割合も両者とも最多であり、いよいよ財政赤字が抜き差しならない状況になっているという認識は広く共有されているようである。 

しかしながら、財政の健全化策を検討するうえで重要であろう、なぜ政府の財政がここまで悪化してしまったのかについては、認識が異なっている。財政赤字の原因について(2つまで)、経済学者は「社会保障費」が最多の7割、次いで「政治の無駄遣い」が4割だったのに対し、国民は「政治の無駄遣い」が7割、「高い公務員の人件費」が4割となっている。あくまでのアンケートの結果であり、その回答が正解だとは限らないが、少なくとも、公正な判断を下すであろう学者ですら政治に対して一定の不信感を持っており、国民の目には政府のサービスが税負担に見合っていないと映っていることは事実である。 

こうした不信感や不満を払拭するためにも、選挙など事あるごとにバラマキを重ね肥大化した予算の徹底的な見直しが必要ではないか。予算編成において前年度より減額した水準をスタートラインとする「マイナス・シーリング」を、聖域を設けず実施することも一案であろう。少子化対策についても、所得制限を撤廃し子供のいる全ての世帯に支援を広げれば、より多くの支持を得るのだろうが、それは単なるポピュリズムでもある。さらに、国民負担という意味で増税と何ら違いのない社会保険料の引き上げを財源とすれば、政治への不信感につながる恐れもあろう。むしろ、第1子への支援については所得制限を引き下げ、それによって浮いた財源を第2子以降への支援に充てるという発想があっても良いのではないか。危機的な財政状況の打開にこそ異次元の「骨太な」政策が求められよう。

 -------------------------------------------------------------

本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠総研が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。