2023.06.23

「新しい資本主義」の何が新しいのか

チーフエコノミスト 武田淳

政府の経済財政運営と改革の基本方針となる「骨太の方針2023」が616日、閣議決定された。注目の少子化対策の詳細は、一足先の13日に閣議決定された「こども未来戦略方針」に記された通りであるが、年間3兆円程度とされていた予算規模は3兆円台半ばへ上積みされ、「次元の異なる」対策だという意気込みは伝わった。しかしながら、その財源については「今後更に政策の内容を検討し、内容に応じて、社会全体でどう支えるかさらに検討する」とされ、社会保険料への上乗せに含みを持たせながら、結論を先送りした。

今年の「骨太の方針」では、こうした財源先送りの姿勢からも懸念されるように、政府は財政健全化をどのように進めていくつもりなのかも注目点だったように思う。昨年度は「これまでの財政健全化目標に取り組む」とし、国と地方自治体を合わせた基礎的財政収支(プライマリーバランス)を2025年度に黒字化する目標を維持、今年度も同じ表現を踏襲した。ただ、「経済・財政一体改革の進捗について2024年度に点検・検証を実施」したうえで、「経済再生と財政健全化の両立の枠組みなどについて検討を進める」ともしており、目標達成の可能性如何によらず健全化目標自体を変更してしまうようにも読める。これらの点を見る限り、財政運営について不信感・不透明感が強まる内容だったと評価せざるを得ない。

不透明と言えば、現政権の看板政策である「新しい資本主義」とは何なのか、どのような社会を目指しているのか、今更ではあるが筆者の不勉強のせいか未だ判然としない。「骨太の方針2023」のメインタイトルは「加速する新しい資本主義」、サブタイトルは「未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現」となっており、投資拡大と賃金上昇を柱としているようであるが、「未来への」「構造的な」という修飾語を含めても、これらのキーワードから「新しさ」が感じられないのは筆者だけではないだろう。

そもそも、資本主義とは何か。広辞苑によると「生産手段を所有する資本家階級が、自己の労働力以外に売るものをもたない労働者階級から労働力を商品として買い、それを使用して生産した剰余価値を利潤として手に入れる経済体制」と説明されている。ここで言う「生産手段」とは工場や店舗、現代ではITシステムなども含まれるだろう。また、「剰余価値」とは儲けから人件費を引いた資本家(企業)の取り分である。つまり、資本主義とは、工場や店舗などを持つ企業が、労働者を雇って生産活動を行い、利益を得る経済のことを指す。

若干補足すると、現代の資本主義では、労働力の価格(賃金)は労働市場で、生産した商品の価格は流通市場で、それぞれ市場メカニズムの中で専ら需要と供給のバランスを反映して決定され、それにより経済はより円滑かつ効率的に回るようになっている。また、利潤の一部は生産手段の維持・拡充、つまり設備投資のほか、雇用拡大や賃金引上げに分配され、それが経済成長の原動力となるのが理想的であるが、日本の「失われた30年」のように、企業が目先の利益ばかりを優先し設備投資の抑制や人件費削減に走ることもある。企業の目線が短期的となれば、成長の好循環が働かなくなるという点は、資本主義経済の欠点の一つとして指摘できよう。

さらには、市場メカニズムでは補えない問題、いわゆる「市場の失敗」の結果としての失業や所得格差拡大、公害などの環境問題が発生することも資本主義の欠点である。これらを回避するため、資本主義体制をとる各国政府はそれぞれの事情に合わせて公共事業や税制・社会保障制度などによる所得再配分、「市場の失敗」を防ぐ規制の導入などを行ってきたが、こうした体制は「修正資本主義」と呼ばれ、現在の先進国における資本主義の主流となっている。我が国の「新しい資本主義」の内容を見る限り、「資本主義の進化形」というよりも、これまで変遷を重ねてきた「修正資本主義」の最新バージョンだと考えた方が理解しやすい。

例えば、官民連携による投資拡大やGXDX加速、スタートアップ推進、イノベーション推進などは、大部分が現状の市場メカニズムにおいてはリスクが期待リターンを上回り実現されない「市場の失敗」を埋め合わせる効果が期待できそうである。賃上げを促す労働市場改革メニューも、企業から労働者への分配を拡大させる政策、まさに所得再分配そのものである。ただ、深刻な人手不足の状況にある現在は政策的な誘導がなくとも企業から労働者への所得分配拡大、賃上げは進むだろう。

さらには、冒頭でも触れた少子化対策や、包摂社会の実現といった施策も「新しい資本主義」のメニューに加えられているが、これらが資本主義、ないしは修正資本主義の枠組みのどの部分に相当するのか、今一つはっきりとしない。そういうこともあり、今年の「骨太の方針」では日本経済の喫緊の課題をどう捉え、どのように解決するのか、方針の「太い骨」が何なのか読み取れず、ただ既存の政策を化粧直しし、膨らませ、詰め込んでいるだけのような印象が拭えない。

仮にバージョンアップした修正資本主義であったとしても、これまでと一線を画す「新しい」ものだということなら、その結果もたらされる経済社会の姿を明確に示し、共有できてこそ、実現に必要な諸施策が国民の支持を得るのではないか。必要性が認められれば、財源問題を解決するハードルも下がる。さらに言えば、国民は新しさや規模の大きさ、異次元かどうかより、かける費用に見合うだけの実効性があるのかをシビアに見極めようとしているはずである。特に負担増を強いられる現役世代に、その傾向は顕著であろう。民主主義体制の下、ともすると今の世代にとって最適解であるかのごとく映る社会主義的な負担先送りの施策に流されがちであるが、将来の日本にとって望ましい骨太の資本主義こそが待たれているように思う。 

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