2023.09.11

財政健全化に向けて求められる配慮と覚悟

チーフエコノミスト 武田淳

8月末に締め切られた来年度予算の概算要求・要望の内容が95日に公表された。総額は事前報道の通り前年度から8.4兆円増加の114.4兆円で過去最高となった。省庁別の内訳を見ると、増加額が大きいのは国土交通省や総務省の1兆円強、防衛省の1兆円弱であり、そのほか国債の利払いと償還額を合わせた国債費が3兆円近くも増加している。なお、総務省の増加は税収増に伴う地方交付税交付金の増額がほとんどであり、事実上は現状維持と言える。国債費は、国債発行残高の増加に加え、想定する利回りを1.1%から1.5%へ引き上げた影響が大きい。 

この、増加率に直すと7.9%もの予算積み増し要求に違和感を覚えたのは筆者だけではないだろう。すでにコロナ禍は過去のものとなり、その対策にかかる費用は大幅に減っている。それでも財政の膨張が止まらない一因は、先に見た通り国債費の増大、つまり、これまで無節操とも思えるほどに積み上げた借金の負担であるが、それを除いても5.2%の増額となり、せいぜい3%程度とされる名目成長率を大きく上回っている。 

それでも政府は、財政健全化に取り組む姿勢を示してはいる。今年616日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2023」には、「財政健全化の『旗』を下ろさず、これまでの財政健全化目標に取り組む」と明記された。ここで言う「これまでの目標」とは、短期的には2025年度の国・地方を合わせたプライマリーバランス(利払い費を除いた財政収支)の黒字化であり、中長期的には政府の債務残高をGDP比で安定的に引き下げることである。なお、ここでは詳しい説明を省くが、これら2つの目標は密接に関係しており、後者を実現するためには、まず前者を満たしておく必要がある。

したがって、まずはプライマリーバランスの黒字化を目指すわけであるが、それがどの程度難しいのかは、内閣府が725日に公表した最新の「中長期の経済財政に関する試算」から推し量ることができる。この試算では、今後の経済の姿として、生産性の上昇率が2012年以降の低い状態(平均0.5%程度)から変わらない場合(ベースラインケース)と、1980年代からデフレ突入前の90年代にかけての平均(1.4%程度)まで高まる場合(成長実現ケース)の二通りの結果が示されている。前者では、2025年度のプライマリーバランスはGDP比▲0.4%と赤字のままであり、目標は達成できない。後者の場合も、現行の歳出改革を当初の計画通り2024年度でやめてしまえば、プライマリーバランスはGDP比▲0.2%までしか改善せず、歳出改革を2025年度も続けて初めて達成が視野に入ることになる。 

要するに、財政健全化の目標を達成するためには、経済成長率を高めるだけでは足らず、歳出改革も必須だということである。ここで言う歳出改革とは、社会保障関係費の増加を高齢化相当分のみとすること、それ以外の歳出は年間1,000億円の増加に抑えることであり、加えて既に方針が決まっている防衛費や少子化対策費の拡大、GX債の償還には新たに財源を確保する必要がある。そのため、大きく膨らんだ概算要求から来年度の当初予算を如何に抑えるか、さらには年内の編成が噂される今年度補正予算がどの程度財政を悪化させるのかが、プライマリーバランス黒字化の可能性を左右しよう。 

仮にプライマリーバランスの黒字化に成功したとしても、財政健全化の道のりは遠い。先の「成長実現ケース」では2%弱の実質成長率、3%程度の名目成長率を見込んでいるが、この前提をもってしても、政府債務(国・地方公債等残高)は2032年度でGDP174%までの低下にとどまる。この水準は、大手格付け会社フィッチによる格下げで財政の悪化が意識され始めた米国の120%を大きく上回るだけでなく、デフォルト懸念が燻っていた201314年のギリシャの180%前後をやや下回る程度である。今後、金利の上昇が見込まれる日本において、この程度の健全化のペースで十分なのか、極めて心許ない。 

こうした政府財政の現状や将来展望をどう受け止めるべきなのか。一般論で言えば、銀行は他に健全な企業があるなら、借金で首に回らない企業に進んでお金を貸さないだろう。投資家が、相対的にリスクの高い国債に多くの資金を投じるとも考え難い。それでも、今買われているのだから将来も大丈夫だと考えるのは、あまりにも安易であり現実逃避であろう。さすがに最近はMMT(現代貨幣理論)のような夢物語は影が薄くなったようであるが、国内の資金は基本的に米国債などの外国資産よりも日本国債を好むと考えるのは、根拠のない楽観と言わざるを得ない。もし、次の世代が負担するのだから今の世代は考える必要がないというなら、それは無責任極まりない。常識的に考えれば、日本政府の財政は、破綻の危機からさほど遠くないところにあると言えるのではないか。 

そうは言っても、高齢化の進展や国際情勢の変化などによって、必要な歳出が増える面があるのも確かである。ただ、同時に、削減ないしは増加を抑制できる歳出もあるだろう。将来世代が支えられる負担には限界があることを理解し、歳出に優先順位をつけ、劣後するものは可能な限り先送りすることを考えるべきだろう。その方が、財源の手当てを先送りするより、余程賢明である。異次元の少子化対策が思いのほか不評だったのは、後から請求書が回ってくることへの疑念を晴らせないからではないか。 

結局、財政健全化を成功させるためには、目先の利益より将来の負担を懸念し始めた国民に対する政治の配慮が必要なのであろう。また、財政赤字の原因を無駄遣いだとする国民に対し、政府はEBPM(証拠に基づく政策立案)により有効性を説明しようとしている。その重要性は言うまでもないが、もはや歳出抑制という成果こそが問われているという現状認識が政府には必要ではないだろうか。そして、国民には、政府財政を自分の家計簿の延長線上にあるものと認識し、過剰に求めず適正・公平な負担に応じる覚悟が求められているように思う。 

 

-------------------------------------------------------------

本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠総研が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。