2024.04.11

自然利子率r*に振り回される日米金融市場

チーフエコノミスト 武田淳

「自然利子率」とは経済学用語で、景気に中立な金利水準を指し、その記号r*はアールスターと読む。金利が自然利子率よりも高ければ景気を下押しし、低ければ景気を押し上げる。なお、この自然利子率は、物価変動を除いた「実質の」金利水準である点に注意が必要である。 

自然利子率は、その特徴から「実質の中立金利」とも言われ、これに物価変動率を加えた「名目の中立金利」が、金融政策の目指すべき金利水準の目安となる。つまり、自然利子率アールスターが0.5%の場合、2%の物価上昇を目指すのであれば、「名目の中立金利」は2.5%となり、政策金利が2.5%を超えている場合、金融政策は引き締め的で景気を押し下げる方向に働く、というわけである。

 ただ、厄介なのは、この自然利子率の水準は明示されておらず、それを知るには推計に依らざるを得ないことである。その手法も多様であり、結果には相当な幅があるため、人によって見解が異なる。したがって、金融市場への影響という観点では、中央銀行が自然利子率の水準をどう考えているかが重要となる。

米国市場においては、今後、どこまで利下げが必要なのかを知るうえで、自然利子率は有効な目安となる。最近、米国の自然利子率は、これまで考えていた水準よりも高いのではないか、という議論が散見される。サマーズ元財務長官も、予想を上回った3月の雇用統計の結果を踏まえ、メディアの取材に「中立金利は米当局の想定をはるかに上回る」4%以上である可能性を指摘した。3月の消費者物価指数は予想を上回る伸びを示したが、米国経済は依然として堅調な拡大を続けており、中立金利の上昇を裏付けているように見える。

仮に米国の自然利子率が上昇しているのであれば、現在の金融引き締めは不十分であり、少なくとも利下げの議論は時期尚早、インフレが収まらないのなら、むしろ追加利上げが必要とも言える。そして、米国の長期金利は、下がるどころか、まだ上昇する余地があることになる。実際に最近の米国債券市場は、そういう動きになっている。

日本でも、マイナス金利政策の終了を決めた3月の金融政策決定会合後の記者会見で、植田総裁は「実質の中立金利」すなわち自然利子率について触れた。肝心の水準については、幅があるという説明にとどまったが、予想物価上昇率は1%から1.5%の間のどこかにあると明示した。

確かに、日本の自然利子率については、若干のプラスからマイナス0.5%程度まで、推計する機関や時期によっても異なり、幅がある。ただ、常識的には自然利子率はプラスが自然であり、マイナスの状態は経済が収縮するという意味でのデフレの象徴のようにも思える。そのため、デフレからの完全な脱却を前提とすれば、自然利子率もプラスではないかと考えられる。日本の自然利子率もデフレ脱却とともに上昇している可能性はあろう。

日本の自然利子率を仮に▲0.5%だとすれば「名目の中立金利」は0.51%となる。そして、これが政策金利の上限、いわゆるターミナル・レートの目安となる。さらに、予想物価上昇率が目標の2%に到達すれば、ターミナル・レートも1%以上となる。その場合、国債10年物利回りが1%を超えてきても不思議ではない。

いずれにしても、日米における自然利子率を巡る思惑が、両国の長期金利の水準に大きな影響を与え、ドル円相場の変動を増幅させることは間違いない。引き続き、日米の中央銀行が自然利子率の水準をどうみているのか、注視が必要であろう。

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