2024.09.11
チーフエコノミスト 武田淳
自民党総裁選は今月12日の告示を前に本格化、すでに過去最多となる9名の候補者が出馬表明を済ませ、政策議論が盛り上がりつつある。誰が次の総裁、すなわち首相になるかによって、当然ながら政府の経済政策も異なるため、その結果として政府の支出規模や財政運営方針がどう変化するのかが、今後の景気を左右する重要な要因の一つとなる。
マクロ経済学では、国内総生産(GDP)に等しいとされる国内総支出(GDE)の構成要素として、政府支出(G)は消費(C)や投資(I)と並んで重要な位置づけにある。内閣府の「国民経済計算」、いわゆるGDP統計で2023年度の実績を見ると、政府支出(政府消費、公共投資、公的在庫投資の合計)は153兆円にも上り、GDP(=GDE、596兆円)の25.7%を占めた。この規模は、設備投資と住宅投資を合わせた民間投資の126兆円(GDP比21.1%)を上回り、個人消費(323兆円、GDP比54.1%)の約半分に相当する。
さらに、政府支出の内訳を見ると、政府消費(123兆円)が公共投資(30兆円)の約4倍もあり、大部分を占めている。政府消費と聞いても具体的なイメージが沸きにくいが、最新の2022年度実績では、全体の4割近くが医療を中心とする「保健」関連の支出が占めており、次いで運輸や農林水産といった「経済業務」、大部分を介護保険が占める「社会保護」、「教育」がそれぞれ1割強となっており、ここまでで既に全体の8割近くに達する。残りは、一般行政などの「一般公共サービス」が8%、警察や消防など「公共の秩序・安全」が5%、「防衛」の4%などである。
経済政策がGDP成長率や景気にどのような影響を与えるのか、という議論は良くあるが、その際、公共投資の増減にばかり目が行きがちである。ただ、こうした数字を見る限り、実際には政府消費、つまり、医療費や介護サービスの公的負担によるインパクトの方が景気に与える影響は大きく、また、警察や消防、防衛を含む政府の活動の規模もGDPに少なからぬ影響を与えるというわけである。
今のところ、自民党総裁選の各候補から挙げられた、財政支出を伴いそうな経済政策は、定番の中小企業支援のほか、原子力発電の是非を含むエネルギーミックスがある程度で、大型補正予算編成の声もあるが、どのようなメニューなのか具体像は見えていない。財政支出の中身によって、恩恵を受ける分野も経済成長への影響も大きく異なるため、まずは、そうした観点から経済政策に関する今後の議論に注目したいところである。
また、政策論争の中では、賃金引上げや年収の壁といった所得面の施策に加え、金融所得課税や社会保障の負担の在り方、防衛費や少子化対策の財源など、国民の負担についての議論も見られるが、注意すべきはその前提である。デフレ脱却が実現すれば、物価上昇に伴う税収の自然増が見込めるため、よほど支出を拡大させない限り政府の財政は改善が先行し、2025年度のプライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化も絵空事ではない。実際に、2020年度にGDP比10%まで拡大した財政赤字は、税収の大幅増やコロナ関連の支出減少から2022年度には4%弱へ縮小、プライマリーバランスはGDP比2%強まで改善した。その後も税収増とコロナ関連支出の減少が続いているため、2024年度の財政赤字は、今後、政府支出が大幅に追加されなければGDP比2%程度に、プライマリーバランスは1%前後まで縮小すると見込まれ、翌年度の黒字化が視野に入る。
ただ、留意すべきは、その先である。デフレ脱却すなわち物価の上昇は一定の金利を伴う。2%の物価上昇が定着すれば、10年国債利回りが3%を超えても何ら不思議ではない。政府の利払い負担は、国債の借り換えが進むに伴い金利上昇が反映され、税収増に数年遅れて増加していく。そのため、利払い費を考慮しないプライマリーバランスは黒字を維持できたとしても、財政赤字は利払い増により拡大、政府の債務残高は増加し続ける。
だからと言って、金利の上昇を必要以上に抑えれば、資金供給は過剰となり、それが国内の株式や不動産に向かえば資産バブルが発生、海外に向かえば円安が進むことになる。その意味で、自民党総裁候補が、金融政策に対してどのような考え方をしているのかも注目すべきであろう。日銀がどこまで政治に配慮するかは不明であるが、少なくとも日銀が目指す金融市場の正常化、中立水準までの政策金利の引き上げが制約を受けるかどうかには留意が必要である。
衆議院は来年10月30日に任期満了を迎えるため、新首相は1年余りのうちに総選挙で国民から信を問われる。すでに政府の債務は国民が1年間に生み出す富(GDP)の2倍を超えている。国と地方を合わせた政府の利払い費は、今年度は10兆円程度にとどまるとみられるが、筆者の試算では4年後に20兆円を超え、9年後には40兆円に達する。利払い負担に先行して増加する税収を当て込んで、選挙対策のポピュリズム政策を打ち出しツケを後に残す「食い逃げ」は言語道断であり、金利水準の正常化を阻み資産バブルの種をまくことも許されない。財政健全化への意識を残しつつ、合理的な金利水準に適合できるような経済の体質改善こそ進めるべきであろう。
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