2024.10.13

補正予算で占う石破新政権の財政スタンス

チーフエコノミスト 武田淳 

今月27日の衆議院選挙に向けて、自民党がマニュフェストを発表した。一部のメディアなどからは、石破首相が自民党総裁選で掲げた政策メニューの全てを盛り込んでいないことに対して、方針が後退したなど批判めいた指摘もあるが、総裁選で示された「政策集」は基本的に自民党内部向けのものであり、必ずしも国民に対する公約とはならない。つまり、全てを盛り込まなかったのは、ただ自民党の総意にならずマニュフェストから外れたものがあったに過ぎないと理解すべきであろう。

経済政策に関しては、総裁選で石破首相を緊縮財政主義者だと評する向きが少なくなかったが、政策集には「経済あっての財政」との考え方に立つとし、経済の正常化を財政健全化に優先させると明示している。警戒された金融所得課税の強化についても、107日の衆院代表質問において「現時点で具体的に検討することは考えていない」と明言、法人税増税についての言及も、今のところ政策集に示された「企業の投資意欲を刺激する、メリハリある法人税体系の構築」という方針の範囲内にとどまっている。少なくとも、経済への悪影響を厭わず増税を強行、財政の健全化に突き進むつもりではないことは明白である。 

かといって、衆院選を睨み、財政の悪化を許容してまで大盤振る舞いの経済対策を打ち出そうとすれば、さすがにそれは方針転換と言わざるを得ないだろう。確かに政策集には「デフレ脱却最優先の経済・財政運営」を行うもと書かれているが、「持続可能な安定成長を実現」しつつ「財政状況の改善」を進めるともしている。一見すると両論併記のようであるが、膨大な政府債務の持続可能性に配慮し、多過ぎず少な過ぎない適正規模の財政運営を行うと理解すべきであり、それこそが石破政権の目指す姿なのであろう。

 

それを確認するという意味でも、総選挙後に打ち出される経済対策がどのような内容となり、それに伴い編成される補正予算の総額がどの程度になるかが注目される。マニュフェストに示された政策を見ると、「暮らしを守る」の章の筆頭は「物価高騰対策・所得拡大」であり、電気・ガス料金、燃料費高騰対策と併せて物価高への総合的な対策に取り組むとし、当面の対応として低所得者世帯への給付金が挙げられている。これらが対策に盛り込まれることは間違いない。そのほか、デフレ脱却のため早急に取り組むべきメニューとしては、医療・介護・福祉の賃上げ等の処遇改善や中小企業の賃上げ継続に向けた省力化投資促進などが該当しよう。能登半島地震や豪雨・台風といった災害の復旧事業も早期の実施が求めれており、一部は補正予算を待たず予備費で対応されよう。 

これらの予算規模がどの程度になるかは、捻出できる財源の規模によって左右される。主な財源を見ていくと、補正予算で定番だった「前年度剰余金」は、今年度から防衛予算に充てられるため流用できない。一方で、同じく定番の「既定経費の削減」、つまり不要となる予算は、例年余裕含みで計上される国債費を中心に少なくとも1兆円は見込めるだろう。また、税収の当初予算からの上振れ分も重要な税源となるが、景気の回復傾向や物価の上昇を踏まえると、法人税や所得税、消費税などで12兆円ほど積み上がる可能性がある。そのほか、特別会計などからの「税外収入」や、6,000億円ほど残る予備費の取り崩しも合わせると、総額35兆円程度の財源が捻出できそうである。 

仮に補正予算で4兆円の財源を確保できるとすれば、その規模は名目GDP600兆円の0.7%程度となる。10兆円規模の補正予算に慣れてしまった目線では少なすぎる印象を受けるが、マクロ的なデフレ圧力を示すとされる需給ギャップ(供給力-需要)は202446月期時点でGDP0.6%(内閣府試算)であり、それを埋め合わせるには十分な規模である。つまり、4兆円程度の財源をかき集められれば、計算上はデフレ圧力を解消するに足りるということになる。

果たして、石破政権はどの程度の規模の経済対策を打ち出してくるのか。昨年までのような大規模な経済対策を望むのであれば、国債の増発は不可欠となる。そして、それは財政赤字の拡大を意味する。石破政権が緊縮財政路線でないことは間違いないが、今回の経済対策の策定で国債増発をしてまで規模を追求するかどうかは、総裁選で示した通り財政健全化への配慮は維持するのか、それすらも放棄し拡張財政路線へ転換するのかを見極める試金石となろう。

 

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