2024.12.10

高度の注意を要する中国世論の変化

研究顧問 高原明生

2025年から第2次トランプ政権が始まる。内外の多くの識者は米中対立の激化を予想している。少なくとも、世界で唯一の超大国と唯一の超大国候補の関係が安定するには相当長い時間を要することだろう。

関係を安定させる難しさは、日本と中国の間でも同様だ。21世紀初頭以来、中国は急速な近代化を成し遂げてきたが、その推進のために為政者によって使われたイデオロギーはナショナリズムだった。むろん、「富民強国」パラダイムは中国に特殊なものではない。戦前の日本は富国強兵のスローガンの下に近代化を進め、列強に追いつこうとした。ナショナリズムが国民の凝集力を高め、奮起させる上で大変有効な劇薬であることは間違いない。そのために今の中国で日常的に採られる方法は、愛国主義教育の名の下に、日中戦争など歴史の記憶を国民の脳裏に刷り込むことだ。

だが目下、中国政府の主流の政策は対日接近である。「生暖かい風が中国から吹いてくる」、というのが外交関係者の印象だ。石破総理就任の祝電は国家元首である習近平国家主席から送られてきた。11月にペルーで開かれた日中首脳会談でも、習氏は戦略的互恵関係を全面的に推進すべく共に努力しようと石破氏に訴えた。同月末には日本人へのビザ免除措置が再開され、福島第一原発の処理水放出にかかる水産物輸入停止問題の解決に向けて、中国も加わった海水のサンプル採取とその中国国内での分析も始まった。

ところが、12月初め、言論NPOと中国の国際伝播集団が毎年実施している世論調査の結果が発表されると、日中双方の多くの人々の間に衝撃が走った。2023年に日本に対して良くない印象を持っている中国人の割合は62.9%だったが、その数値が24年には87.7%に跳ね上がった。逆に、日本に良い印象を持っていると答えた中国人の割合は、23年の37.0%から12.3%に激減した。他方、処理水問題や日本人児童刺殺事件などがあったにもかかわらず、中国に対して良くない印象を持つ日本人の割合は23年の92.2%から24年には89.0%に減り、良い印象を持つ日本人の割合は7.8%から10.6%に上昇した。

これまで、日本に対して良い印象を持つ中国人の割合は、来日する中国人観光客の増減に伴って増えたり減ったりしてきた。それについては、来日して自分の目で見たり肌で触れたりする現実の日本が、中国での授業や報道などで聞かされてきた日本とは違うことを中国人は理解するようになるからだ、という解釈が成り立っていた。それにしたがえば、新型コロナの流行以前の状態に迫るほど中国人観光客が来日した今年は、日本イメージが改善されるはずだった。それなのになぜ逆の結果となったのか。

さらにショッキングなのは、日中関係が大事だと考える中国人の割合が大幅に減ったことだ。日本側では過去の数値から大きな変化はなく、67.1%が日中関係は自国にとって重要だと答えた。他方、中国側では2023年に60.1%が重要だと答えていたのが、24年にはその数値が26.3%に激減した。重要ではないと答えた人の割合は、23年の19.1%から24年には59.6%に激増した。

中国側は、調査の対象は昨年までとまったく変わらないという。では一体なぜこれほど大きな変化がみられたのか。その原因については、中国人の間でも様々な可能性が語られている。一つは米国をはじめとする海外からの圧力がもたらす心理的な圧迫感、そして第二に経済の減速がもたらす不安だ。確かに、中国人が社会への報復と呼ぶ無差別殺人事件も多発している。そして第三の要因として語られるのは、「汚染水」の放出やいわゆる台湾問題への「干渉」など、メディアに報じられる様々な日本の「悪行」だ。

こうした原因により、中国社会に排外的な気分の高まりがあるとすれば、その対象は必ずしも日本に限られないだろう。もし米国や台湾などを対象とした世論調査があったとすれば、同様の結果がみられたかもしれない。だが、愛国主義教育の最大の教材が日中戦争であることは疑いない。2024年には、日本人学校に通う小学生を対象にした事案が2件も発生した。深圳では柳条湖事件の記念日に10歳の児童が襲われ、亡くなるという痛恨の事態が起きた。

すべての関係者はこの世論調査の結果を重視し、不測の事態が再び発生しないよう細心の注意を払う必要がある。歴史上の事件が起きた記念日には特に気を付けねばならない。この先、経済の減速がさらに進めば何が起きるだろうか。社会不安が増大すれば、指導者は求心力を高めるためにナショナリズムに訴える誘惑に駆られないだろうか。

根本的な問題は、歴史上の例を顧みるまでもなく、過度の「投薬」が排他的なナショナリズムを生み、他民族や他国との軋轢や衝突をもたらすことだ。中国の為政者は、中華民族の偉大な復興を実現し、中国の夢をかなえることを唱える。だが愛国主義教育の内容を改め、特定の国への憎しみを煽るような情報の流通を取り締まらなければ、結果的に国益を大きく損なうことになるだろう。鬼畜米英を唱えた日本の失敗を繰り返してはならない。官民を問わず、あらゆる機会をとらえて日本側の危機感を中国側に伝えていくことが極めて重要だ。

 

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