2024.12.15
チーフエコノミスト 武田淳
今月12日、今年度補正予算案が衆院を通過した。自民・公明の少数連立与党ながら、能登半島の復旧・復興を急ぐべきとの考えに同調した国民民主党と日本維新の会も賛成に回った。参院は与党が過半数を確保しているため、補正予算は17日にも成立する見通しである。緊急性を要する補正予算らしく、12月9日の国会提出から1週間余りでの早期成立となる。
審議にかけた時間は短いが、その規模は大きい。連立与党が国会に提出した当初の補正予算案は、一般会計の歳出が13.9兆円にも上り、最終的には、立憲民主党が別途提出した修正案のうち能登半島地震・豪雨の復旧・復興費の増額を取り込んで14兆円規模に膨らんだようである。
この立憲民主党の修正案の主題は、むしろ与党案の宇宙戦略や半導体関連、デジタル基盤改革などの基金積み増しのうち約1.4兆円を、緊急性がないとして減額することだったように思うが、上記の増額部分だけが採用された。その結果、今回の補正予算は、ただでさえ少数与党であるが故のポピュリズム的なバラマキ色の強かったものが、より一層肥大化し骨の見え難いものになった印象が強い。
年末年始の補正予算編成は、コロナ禍以前から恒例行事となりつつあったが、財政運営上のルールに照らせば、定例化している点でも、規模の大きさという点においても問題を含んでいる。財政法29条が補正予算の作成を認めるのは、「経費の不足を補う」場合や「特に緊要となった経費の支出又は債務の負担」が必要となった場合に限られるためである。
一般的には、急激な経済情勢の変化や自然災害の発生など不測の事態となり支出の追加が必要となった場合のほか、国際情勢や社会の要請により急遽対応が迫られる場合などが、これに当たるだろう。その意味で、能登地域を中心に「自然災害からの復旧・復興」として今回の補正予算に計上された7,000億円弱は、対象として問題ない。
また、現在の経済情勢において、デフレに後戻りしないため賃上げを促すことを喫緊の課題とするのであれば、医療・介護や教育、防衛従事者の賃金水準引き上げのための予算計上も適当であろう。賃上げに対応する生産性向上を支援する施策も同様であり、これらの合計で1兆円程度の補正予算措置は納得的である。
3兆円余りを計上した物価高対策については、意見の分かれるところである。その半分近くを占めるガソリンや電気ガス料金への補助金は、国を挙げて進めている脱炭素の方向性に逆行するという指摘もある。ただ、これらの価格上昇が、景気回復を牽引すべき個人消費の逆風となっていることも事実である。そして、これらのエネルギーは必需的であり代替品が限られるうえ、価格上昇の原因が円安を含む外的要因であるため、価格上昇を放置しても需要はさほど抑制されず、故に市場メカニズムを通じて価格が下がるわけでもなく、ただ景気が悪化するばかりであろう。さらに、既存の補助金が期限切れを迎えるタイミングであることも踏まえると、今回の補正予算での対応には一理あろう。
一方で、景気が回復傾向にある現状に鑑みれば、2兆円近くを計上した「新たな地方創生施策」の多くは、3か月後からスタートする来年度補正予算でも十分ではないか。約3兆円を計上した「投資立国」「資産運用立国」実現のための基金なども、立憲民主党の指摘通り、緊急性には疑問符が付く。
仮に財源に余裕があるのなら一考の余地はあろうが、今回の補正予算では税収・税外収入の増加と既定経費の減額で7兆円余りを捻出するとはいえ、さらに7兆円近い国債の増発、うち4兆円近くを赤字国債で予定しており、そこまでして実施を急ぐ必要性は感じられない。なお、前年度剰余金が1.6兆円計上されているが、地方交付税交付金や国債返済財源のほか、防衛費の増額分に充てられることが決まっており、経済対策の財源とはならない。
補正予算案の閣議決定にあたり、政府は「経済あっての財政」との考えを示したが、すでに景気は回復に向かっており、そのテコ入れが急務というわけではないだろう。むしろ、税収の上方修正が示すように、景気は政府の予想以上に回復しているという見方もできる。適度な歳出規模を探る姿勢を示さなければ、「財政健全化の旗を降ろすことなく」という掛け声は虚しく響くのみである。
規模の面でも疑問が残る。政府は今回の経済対策によって実質GDP成長率が年率で1.2%程度押し上げられるとしている。当社も補正予算の施行により1%強の需要(GDP)押し上げ効果があると見込んでいる。これは、内閣府や日銀が推計する2024年7~9月期時点の需給ギャップ(GDP比0.6%)を大きく上回る。
以上を踏まえれば、適切な補正予算の規模はせいぜい半分程度、国債の追加発行をせずに済む7兆円程度であろう。石破首相は、9月の自民党総裁選では財政再建の重視を懸念する声が多かったが、実際は正反対であった。むしろ、方針とする「デフレ脱却最優先」の経済・財政運営が行き過ぎないか、その現世利益と将来負担とのバランスを世論がどう評価するのか、注視する必要があろう。
-------------------------------------------------------------
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠総研が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。