2025.04.30
研究顧問 高原 明生
揺れ動くトランプ大統領の言動
トランプ大統領は、自分の辞書の中で最も美しい言葉は関税だと言う。米国の大統領からそう聞かされて、一体どう受けとめたらよいのかわからず、混乱、困惑したのは私だけではないだろう。4月2日、同氏は世界をリードする大国の指導者としての矜持と責任を打ち捨て、自国の利益のみを求めて世界中の国々に対する関税を引き上げると発表した。
だが、その目的は明確ではない。貿易赤字を解消したいのか、自国内の製造業への外国投資を増やしたいのか。それとも関税収入を増やすことで所得税や法人税を下げたいのか、はたまた中国を叩くことが狙いなのか。関税は、これらすべてを実現できる万能薬ではないし、それによって米国経済も無傷でいられないことは既に明らかだ。
相互関税導入に対して債券市場や株式市場がネガティヴな反応を示すと、1週間後の4月9日、トランプ氏は一律10%の基本関税は残したものの、中国を除き、国や地域ごとに設定した上乗せ分の導入を90日間停止すると発表した。そのたった2日前、ラトニック商務長官は実施を延期しないと語っていた。朝令暮改はトランプ政権の特徴となっている。4月25日、トランプ大統領は上乗せ税率の発効再延期はないだろうと自ら語ったが、これとて保証の限りではない。
言葉の軽さは、トランプ氏自身が認めるところだ。4月22日に行われたタイム誌とのインタビューでは、就任1日目にウクライナでの戦争を止めると言ったのは比喩的な表現であり、大げさに言ったのであって、冗談だと皆わかっていたと言ってのけた。今後、誰がこの人物の言葉を真に受けるだろうかと、つぶやきたくもなる。
ちなみに、例外的に相互関税導入が見送られた国、地域にロシアとベラルーシがある。今は対露制裁のせいで貿易がほとんど行われていないとはいえ、他方でペンギンやアザラシしか住まないインド洋や北極海の島々にも相互関税はかけられた。それを思えば、導入見送りはプーチン大統領へのメッセージだと受け取って然るべきだろう。ウクライナ側にクリミアを諦めろと言うなど、トランプ氏はロシアに有利な停戦をもちかけているように見える。だが、現実にはロシアとウクライナの間の仲介はうまくいかない。強さを尊重し、取引きを追求するトランプ流の方法は機能せず、同氏は苛立ちを募らせている模様だ。
中国の反応
他方、中国側はトランプ関税を予想して準備をしてきたので、米国の145%の追加関税にも動じていないという観察がある。果たしてそれは正しいだろうか。確かに、スポークスマンたちの発言は強気だ。行動の上でも、直ちに米国からの輸入品に125%の追加関税を課した。また、半導体や電池などの生産に欠かせない重要鉱物の輸出規制や米国映画の輸入制限強化など、関税以外の手段も採っている。
だが、元々マクロ的には好調だった米国経済と比べ、中国経済は停滞が続いていた。関税前の駆け込み輸出と車や家庭電器などの買換え補助金の効果により、2024年の10~12月と2025年の1~3月はともに前年比5.4%の成長率を記録した。だが、中国の経済統計が実態を反映していないと疑うエコノミストは少なくない。また、今後の関税の影響や消費の「先喰い」の限界などから、今後は成長率がさらに低下することが広く予想されている。
4月25日に開催された政治局会議は、経済回復の土台をさらに固める必要がある、外部からの衝撃の影響は拡大する、と率直に認めた。そしていわば正攻法で、つまり揺るぎなく国内の課題にしっかりと取り組み、確実に生産性を上げ発展することで、不確実な外部環境に対応することを呼び掛けた。それは実に結構なことだ。しかし、そこで包括的に議論された様々な経済政策が簡単に功を奏するとは思えない。
新しい成長方式はまだ見出せない。かつて機能したのは、将来の財政収入を担保にした地方政府への融資と不動産開発の好循環という開発モデルだ。だが、今や不動産バブルは破裂して地方財政は火の車である。突然現れたDeepSeekのように、目覚ましい科学技術力を備えた民間企業が次々と誕生しているのは事実だ。だが、デジタル・トランスフォメーションやAIで巨大な中国経済を改造し、牽引できるのか。その時に雇用はどうなるのか。そして習近平政権が、民間IT企業の巨大化を許すのか。
経済減速で苦しんでいるところへ降ってきたのがトランプ関税だ。米国がそう出るならこちらもとことん付き合うと啖呵を切って、中国は報復的に対米関税を引き上げた。それは経済的に計算尽くの行動というよりは、国の内外から弱腰だと見られないように、面子を第一に考慮した政治的な措置だったと思われる。経済の減速基調が続く状況下での米国との全面対決は、習近平政権にとって新型コロナウィルスの襲来に続く大きな危機だと言って間違いない。クールさを装ってはいるものの、習近平氏は断崖絶壁を目がけてトランプ氏とのチキンレースに乗り出した緊張感に包まれていることだろう。
トランプ氏は、前述のタイム誌とのインタビューで、中国側との交渉がすでに始まっており、習近平氏から電話もかかってきたと語った。だが興味深いことに、中国側はそれを否定している。こうした不可解なチキンレースがこれからも続き、場合によっては何度も繰り返されるのかと思うと憂鬱にもなる。だが、落ち込んでばかりもいられない。米中のはざまに立つ我々には、ピンチをチャンスに変える強靭な精神と柔軟で革新的な発想が今こそ求められる。多くの国々が日本の立ち居振る舞いに注目する中、「課題先進国」でもある日本が、その強靭性と創造性の真価を問われている。
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