2026.01.05

新たな不確実性に直面する世界経済

チーフエコノミスト 武田淳

昨年の世界経済は、トランプ関税という専ら経済面での不確実性に振り回された。年初の時点で、米中の関税引き上げ合戦再開までは大多数が見込んでいたが、同盟国を含めた世界各国に追加関税(相互関税)を課すと想定していたのは恐らく少数派であり、米中が100%超の関税をかけ合う状況も想定を遥かに超えていた。そのため、トランプ大統領が42日に相互関税の導入を発表した直後、米国を含め主要国の株式市場は大幅に下落、ドル実効相場は一瞬上昇したが、その後、下落が加速するなど、金融市場は大きく混乱した。

そうした中でも、世界経済は秋頃までは比較的堅調に推移した。大規模な景気刺激策の効果で持ち直した中国や、株価の回復が消費を押し上げた米国が牽引役となった。しかしながら、年末にかけて中国では政策効果が息切れし、米国でも雇用の増勢が明確に鈍るなど、米中経済を中心に世界経済は減速しつつあったとみられる。

年が明けても、不動産市場の低迷が続く中国経済は追加の対策待ち、米国経済は関税引き上げによる物価上昇や雇用の伸び悩みが消費の逆風になるとの懸念があり、世界経済はしばらく減速が続きそうである。ただ、春以降はトランプ政権が中間選挙を睨んで打ち出した減税、ないしは打ち出すであろう景気刺激策により米国経済が復調、中国経済も「第15次五か年計画」を具体化する形での景気刺激策が期待され、日本経済も正常化が進み堅調に拡大、世界経済は持ち直していくと予想していた1。ダウンサイド・リスクとして米中対立やロシア・ウクライナ戦争、中東におけるイスラエルの動向なども指摘したが、米国の中間選挙が米中対立やイスラエルの軍事行動を抑える方向に働くと期待、世界経済が年後半に回復するという見通しが実現する確度は比較的高いとみていた。

ところが、そうした楽観的な見通しは、今般のトランプ政権によるベネズエラへの武力行使により、修正を迫られるかもしれない。トランプ政権は、ベネズエラに対する武力行使を軍事行動ではなく「法執行」だとしているが、いずれにしても国家元首たる大統領を拘束し連行するという国家主権を踏みにじる行為は「力による現状変更」に他ならず、第二次世界大戦の反省を踏まえて築き上げてきた「ルールに基づく国際秩序」に反していることは誰の眼から見ても明らかである。

そもそも米国は、昨年12月に発表した国家安全保障戦略に「力による平和」を掲げ、「西半球」つまり南北米大陸での優位を確保する、とした。今回の件は、その一例に過ぎず、もはや米国は、これまでの国際秩序を守る気はないと理解すべきなのだろう。それが許されるのであれば、「力による現状変更」の代表的な例である、ロシアによるウクライナ侵攻も正当化される。さらに言えば、仮に中国が台湾に武力行使をしたとしても、米国は批判できないのではないか。

しかも、トランプ大統領は、ベネズエラへの武力行使のあと、改めてグリーンランドの領有に意欲を示し、コロンビアについてベネズエラと同様の認識を示す発言もしている。こうした米国の西半球における姿勢は、それ自体がリスクであるだけでなく、他国に対しても「力による現状変更」に踏み切るハードルを下げるという意味で、地政学的な面での不確実性を高める。金融市場は、今回の米国によるベネズエラへの武力行使の直後、目立った反応を示さなかったが、世界経済がこうした新たな不確実性に直面し、ダウンサイド・リスクを高めているという認識が必要ではないだろうか。

  

  1. 2025年1226日付Economic Monitor2026年の世界経済見通し~春頃まで減速の後、米国中心に回復へ」参照。https://www.itochu-research.com/ja/report/2025/3078/

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