2026.01.21
研究顧問 高原 明生
米国のベネズエラへの軍事行動と国際秩序の瓦解
第2次世界大戦の終結から80年が過ぎ、世界は再び混沌の時代に入った感がある。
2026年が明けてまもなく、米国のトランプ大統領がベネズエラに陸軍の精鋭部隊などを派遣し、マドゥロ大統領夫妻を拘束して米国に連行した。首都のカラカスにある大統領官邸はキューバ人の警護部隊により守られていた。米国の部隊との激しい銃撃戦の末、キューバ側の発表によれば32人のキューバ人が殺害されたという。トランプ大統領はキューバに対し、ベネズエラから得ていた石油と資金はもう届かないと述べ、自分との取引に応じるように圧力をかけている。
トランプ大統領はデンマークの一部であるグリーンランドの領有にも執着し、そのための軍事力の行使すら否定していない。トランプ氏は、ロシアと中国がグリーンランドに迫っており、米国の安全保障のために領有が必要だという。だが、その本当の狙いはレアアースを含むグリーンランドの豊富な資源なのではないかとも報じられている。ベネズエラの場合も、石油が最大の関心事であることが露呈し始めている。トランプ大統領は、米国のグリーンランド領有に反対する国には追加関税を課すと言い始めた。まるで帝国主義の時代に戻ったかのような米国の振る舞いには唖然とするばかりだ。国家間の主権の平等、武力による威嚇と武力の行使の自制といった戦後国際秩序の価値規範は見る影もない。
中国の対日姿勢の基本構図
翻って、米国と競争する中国はどのように近隣の国々、なかでも米国の同盟国である日本に接しているのか。日中関係の基本的な構図は、相変わらず安全保障面での競争と経済を中心とした協力の同時進行だ。
過去一年程の間にも、中国は硬軟両面の対応をしてきた。30日までの滞在についてはビザを免除したり、多くの地方政府が投資誘致ミッションを日本に派遣したりする一方で、海上保安庁に相当する海警の巡視船を尖閣諸島の海域に送り続け、日本列島のまわりでロシア軍との共同行動を実施している。いわゆる第2列島線を越えて空母を太平洋に進出させ、その艦載機が自衛隊の偵察機に30メートルや45メートルまで近づく事案まで発生した。万が一飛行機が衝突して死人が出れば、両国の世論が沸騰し、事態がエスカレートする可能性が高い。
2025年10月末、韓国でAPECが開かれた際、就任したばかりの高市早苗首相と習主席の首脳会談が行われた。そこで双方が重層的な意思疎通の重要性を確認し、特に防衛当局間の実効性のある危機管理と意思疎通の確保の重要性について一致した背景には、こうした切迫した事情があった。一部の憶測とは異なり、首脳会談の準備は外交当局間でスムーズに行われたという。
高市発言への中国の反発
しかし、11月7日の高市氏の発言をきっかけに、中国側は日本に対して圧力一辺倒の強硬姿勢を取っている。日本への団体旅行を含め、学術交流や文化交流までストップしているほか、日本で中国人を狙った犯罪が増えているとか、軍国主義を復活させる企みがある、日本は台湾統治時代に何十万人もの同胞を殺害したなどといった荒唐無稽な話まで国の内外に向けて宣伝している。1月6日には軍民両用品目の対日輸出規制が発表されたが、ここにレアアースが含まれるのかなど具体的措置の内容は依然としてはっきりしない。
そもそも高市氏は国会で何と語ったのか。ニューヨーク・タイムズなどの国際メディアは「中国が武力攻撃したら日本は台湾を守る」と言ったと報じているが、それは誤りだ。岡田克也議員との長い問答の全容を読めば首相の答弁の主旨は明らかであり、政策に変更はなく、「被害国を含めた他国にまで行って戦うなどという、海外での武力行使を認めるものではない」という法制局長官の見解も確認された。しかし最後の方で、中国が台湾に武力を行使した場合には「どう考えても(集団的自衛権を発動して実力行使する)存立危機事態になり得る」という発言があり、そこだけ切り取れば答弁の主旨が誤解される可能性はあった。高市氏は後日、「反省点もある」と述べ、今後は特定のケースに言及しないとして事実上の前言撤回を行った。
それにもかかわらず、中国側はなぜ強く反発し続けているのか。習近平政権は台湾との統一に特別の思い入れがあるように見受けられる。統一は民族の悲願だとする姿勢は昔からだ。だがそれに加え、「海洋地政学上半封鎖の状況にある」(習近平)中国にとって、台湾は第一列島線を突破する橋頭堡となる。2027年に中国が台湾に侵攻するという説に十分な根拠があるとは思わないが、習近平が「力こそ正義」の時代への転換を認識し、自分のレガシーとしての台湾統一を考える可能性は否定できない。
対日政策という観点からは、2025年が戦後80周年ということもあり、中国側は年初から歴史と台湾を重要トピックとすることを決めていた。景気が回復せず、プライベートな場面では習近平批判のボルテージが高まる社会状況下で、愛国主義教育が国民をまとめる重要な手段だと考えられていることは間違いない。日中戦争をテーマとした映画が封切られ、日本人学校はスパイ養成所などというSNS上のデマが取り締まられない所以である。高市氏が台湾と良好な関係を有するため、中国側は政権発足当初からその言動に警戒していたという事情も、今回の強い反発の要因として挙げられよう。
日本の対応
日本は日中関係に世界が注目していることを好機と捉え、世界の平和と発展に貢献してきた日本の政策や、防衛費を増やして抑止力を高めざるを得ない現状について効果的にアピールするのがよい。外交的な働きかけの相手には米国も含まれる。
訪中時のビッグ・ディールを目論むトランプ大統領は、目下のところ日本の肩を持つ様子はない。中国側は、米国との戦略的競争に勝つためにも戦術として当面は対米関係を安定させたいと考えており、トランプ氏の姿勢はウェルカムだ。高市首相は総選挙後、3月の訪米を計画しているが、首脳会談ではインド太平洋における米国の権益の大きさを思い起こさせ、中国の力による現状変更を防止することの利益を明示するべきだ。
そして中国に対しては、首脳会談で合意したばかりの重層的な意思疎通を今こそ実現しようと呼び掛けるのがよい。無知や誤解が判断を誤らせ、誰も望まない衝突を招かないよう、日中双方が対話の早期実現に動くことこそ喫緊の課題だ。
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