2026.04.07
研究顧問 北川 敬三
はじめに
この戦争はどのように終わるのか。あるいは、そもそも終わるのだろうか。
2026年2月28日に開始された米国・イスラエルによる対イラン軍事作戦は、いまやその規模ではなく、その帰結が問われる段階に入っている。米国の安全保障専門サイト War on the Rocks も、焦点は「どのように戦うか」ではなく「どのように終わるか」にあると指摘する。
執筆時点(2026年4月7日)では、米国のトランプ大統領が、ホルムズ海峡の開放などで合意しない場合、日本時間4月8日午前9時以降、米国はイランのエネルギー施設への攻撃を行う可能性を示唆している一方、イランも徹底抗戦の構えを崩していない。
クラウゼヴィッツが論じたように、戦争は政治の延長である。今回も例外ではない。したがって、その終わり方もまた政治によって規定される。戦争を理解するには、個々の戦闘ではなく、戦略、作戦、そして終結設計を一体として捉える必要がある。
作戦は何を狙っているのか
今回の作戦の特徴は、イランという国家そのものの全面的破壊ではなく、体制を支える軍事組織や指揮中枢への圧力に重点が置かれている点にある。米国軍は、革命防衛隊の指揮系統やミサイル戦力など、体制維持の中核に対する打撃を通じて、統治能力と継戦能力を同時に低下させようとしている。
戦争において重要なのは、個々の戦闘の勝敗ではなく、作戦を連接した戦役(キャンペーン)において主導権を握り続けることである。主導権は戦いのテンポを支配し、相手を常に反応側に回す。この構図を作り出した側が、戦争全体の流れを規定する。
ここで想起されるのが、伊藤忠商事元会長の瀬島龍三氏である。軍人出身の瀬島氏は、1967年の第三次中東戦争当時、同社の業務本部長として経営中枢にあり、イスラエルが勝利し、戦争は1週間で終わるという情勢判断をしたとされる。実際、戦争は6日で終結した。瀬島氏の特徴は、戦争を善悪ではなく、主導権、戦力配置、作戦のテンポといった現実的な構造で読み解こうとした点にあった。
もっとも、当時と現在では状況が異なる。最大の違いは、現在は米国という世界的な大国が、その国力を直接投入している点である。第三次中東戦争は中東域内諸国の戦争であり、比較的見通しを立てやすかった。他方、今回は大国の軍事的・政治的関与が重なり、情勢判断ははるかに複雑である。
以上より、現在の対イラン作戦は、国家の破壊ではなく、体制の中枢に圧力を加えながら米国として主導権を維持し、政治的に不利な条件へと誘導する戦い方として理解することができるだろう。
戦争はどのように終わるのか
クラウゼヴィッツに従えば、戦争の目的は敵を打ち破ることそのものではなく、自らの政治目的を達成することである。この観点から見れば、重要なのは軍事的優勢そのものではなく、それがどのような終結に結びつくかである。言い換えれば、戦争とは単に軍事作戦のみで解決するものではなく、政治・社会を含む複雑な現象である。
米国側は、軍事的打撃を通じて体制中枢に圧力を加え、比較的制御された形での終結、すなわち相手に一定の譲歩を受け入れさせる形での戦争終結を志向していると考えられる。しかし、武力行使にあたって、その政治的終結構想がどこまで熟慮されているかは、現時点では必ずしも明らかではない。
これに対し、イラン側は必ずしも同じ論理では動かない。体制の存続が最優先となる以上、戦争を湾岸から中東地域全体へ拡散し、コストを周辺に広げることで、自らの崩壊を回避しようとする可能性がある。ホルムズ海峡の不安定化やヒズボラ等の代理勢力の活用は、その典型である。すなわち、一方が終結を志向するのに対し、他方は終わらせないこと自体を戦略とする局面すらありうる。
千々和泰明氏が『戦争はいかに終結したかー二度の大戦からベトナム、イラクまで』(中公新書、2021年)で指摘するように、戦争は勝敗によって終わるのではなく、当事者が結果を受け入れたときに終結する。しかし、一方が受け入れを拒み続けるならば、戦争は長期化し、形を変えて継続する。この終わり方の非対称性こそが、現在のイラン情勢の不確実性の核心である。イランには、なお残存する軍事力と、歴史に根ざした民意がある。
さらに戦略論の観点から見ると、筆者が気にしているのは、米国の政治指導者が本来は軍人の領域である作戦レベル以下の議論に終始しているように見える点である。本来、政治家は政略や国家戦略を語るべきであり、作戦以下の領域は軍人の所掌である。少なくともここまでの記者会見などを見る限り、大局観に根ざした発言は多くない。
歴史を振り返れば、これはヴェトナム戦争で米国が犯した過ちに通じる面がある。もちろん兵力規模も目的も異なるが、当時の米国は、個々の戦闘の成果を作戦、戦略、そして政略へと接続することができなかった。米国軍がヴェトナム戦争の反省から生み出したのが作戦術(Operational Art)である。現時点では、イランとの戦争にこの教訓が十分に反映されているとは言い難い。
日本にとって何を意味するのか
この戦争は、日本にとっても極めて現実的な意味を持つ。ホルムズ海峡は世界の原油輸送の約2割が通過する要衝であり、日本のエネルギー供給の多くもこれに依存している。その不安定化は、価格上昇だけでなく、供給そのものへの不確実性を通じて、日本経済に直接的な影響を及ぼす。
さらに重要なのは、イラン自身もこの海峡に依存している点である。海峡の緊張は相手への圧力であると同時に、自らの経済基盤を損なう行為でもある。この相互依存の構造は、戦争の持続可能性と終結条件の双方を制約する。
しかし、国家は追い込まれると合理的計算だけでは動かない。このまま米国、イランともに折り合いがつかない場合、湾岸地域全体が壊滅的な被害を受け、世界経済にも計り知れない影響が及ぶ最悪の可能性を想定する必要がある。1941年、あれほどの国力差がありながら米国に対して戦争を挑んだ日本は、そのことを示す一例である。
日本にとって重要なのは、この戦争を単なる中東情勢としてではなく、戦略的リスクとして捉えることであり、軍事・安全保障を正確かつ現実的に理解することである。エネルギー安全保障、海上交通路の安全、同盟国の関与の行方は、いずれも日本の安全保障と直結している。
おわりに-戦争は設計しなければ終わらない
戦争には摩擦があり、計画通りには進まない。戦場の霧は、いかに技術が進歩しても完全に晴れることはない。だからこそ、終わり方を設計することがより重要になる。戦争を始める時には、本来、明確な目的、すなわちエンド・ステート(終末状態)を定め、終わりから逆算して考えなければならない。
戦争は、軍事的に優勢であれば終わるわけではない。どのような結果を相手に受け入れさせるのか、そしてどのような形で終わらせるのか、という設計によって終わる。モルトケが述べたように、いかなる作戦計画も敵主力との最初の接触を越えて、そのまま有効であり続けるわけではない。だからこそ、戦略とは臨機応変の体系なのである。
現在のイラン情勢で問われているのは、戦いの強さではない。終わり方を構想する力である。
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