2026.05.21
研究顧問 高原 明生
5月半ば、トランプ米大統領が国賓として訪中し、習近平国家主席との本年第一回の米中首脳会談が北京で開かれた。元々は3月末から4月初めにかけて開催されるはずだったが、米国およびイスラエルとイランとの戦争により延期されていた。5月半ばにおいて米国とイランとの交渉が継続中であり、ホルムズ海峡が基本的に封鎖されたままだったことは、今回の米中首脳会談にも一定の影響を及ぼしたと見るべきだろう。
米国側が主には直面する課題の解決や実利を追求したのに対し、ホストであった中国側は世界の指導国家としての自己アイデンティティーを主張することに重きを置いて首脳交流を演出した感がある。果たして、両国ともに満足できる結果となったのだろうか。3月19日の日米首脳会談では、高市早苗首相が艦船の派遣などイラン戦争への加担を強いられることもなく、日本側はひとまず胸をなでおろしたところだ。だが、それでホルムズ海峡をタンカーが通れるようにはならない。そして本来、首相が首脳会談を申し入れた目的は、トランプ氏の中国訪問に合わせて対中政策をすり合わせることだった。イラン戦争のせいで中国問題は後景に追いやられた感があり、トランプ訪中も5月に延期される見通しとなっている。
経済実利をめぐる交渉と成果
トランプ氏が2月末に始めたイラン攻撃は、狙いだった核開発の中止や体制転換をもたらさず、却って海峡封鎖による石油危機を招く結果となった。同氏は他国に与える大迷惑をかえりみず、米国はホルムズ海峡を通る石油を一滴も輸入していない、自分たちは困らないと言い張る。だが、油価の高騰はもちろん米国の国民生活に悪影響を及ぼしている。物価、なかでもガソリン価格の上昇は、トランプ氏の支持率低下に直結しているように思われる。
そうした状況下で、卓越したディール・メーカを自任するトランプ氏が訪中で実現を図ったのは、選挙民にアピールする短期的な実利を得ることだった。ホワイトハウスの発表によれば、両首脳は二国間の貿易と投資を管理し議論する貿易委員会と投資委員会の設置で合意した。また、中国はレア・アースやその他の重要鉱物、及びレア・アース精製の設備、技術の輸出規制に関する米国の懸念に対応する。さらに、中国はボーイング社の航空機を200機、そして昨年10月に約束した大豆に加え、米国の農産品を今年から2028年まで毎年170億ドル買うことや、米国産牛肉の輸入制限の解除に向けた措置を取ることなどを約束したという。
他方、中国商務部のスポークスマンによれば、首脳会談の前日に韓国で中米の代表団による折衝が行われ、貿易委員会の討論を通して双方が同レベルの関税引き下げを行っていくことで原則合意した。また、米国側は、乳製品や水産物など農産品の対米輸出に関し、中国側が長年懸念している問題の解決を積極的に推進していくことに同意した。
1990年代のクリントン政権以来、米中の貿易交渉は基本的に中国側が米国産品を大量に買い付けることで決着してきた。今回は、中国がボーイング機を500機以上購入するという話が事前に出ていたが、それよりはるかに少ない機数だったため、同社の株価が急落する一幕もあった。
今後の貿易や投資をめぐる具体的な交渉は新設される二つの委員会での議論に委ねられる。トランプ氏にすれば、今回の首脳会談をはずみとして、9月24日に予定された習近平訪米時に合わせて大きなディールができるよう、厳しい交渉を進めていくつもりであろう。それが、11月の中間選挙に向けたアピールとなることを期待しているに違いない。
台湾、そして日本に関する議論
経済面での成果を上げようと気持ちがはやれば、台湾など安全保障面では中国側に譲歩するのではないか? そうした懸念がトランプ第2次政権にはついてまわる。
実際に首脳会談で台湾について何が話し合われたのかについては、依然として断片的な話しか伝わって来ていない。会談終了後、まもなくしてその内容を報じた新華社電によれば、習氏はトランプ氏に対し、台湾問題は中米関係において最も重要な問題であり、もしうまく処理できれば両国関係を総じて安定させることができるし、うまく処理できなければ両国はぶつかり衝突して、中米関係全体を大変危険な状態に押しやることになる、と語ったという。
だが、実際にそう述べたのかどうかはわからない。中国側は、自分たちにとって望ましい会談内容だったといち早く印象付けるために予定稿を準備していただろう。会談後の速報記事は、それがベースになった可能性が高い。だが、習氏にとって台湾が一大事であることは間違いない。トランプ氏が帰国途中、専用機上で記者たちに語ったところによれば、習氏に台湾を守るのかと聞かれたが、自分はそういう話はしないと答えたという。またトランプ氏は、台湾には独立を望む者がいるが、自分は台湾まで9500マイルも移動して戦争することは望んでいない、台湾の独立を望んでいないとも述べた。習氏にすれば、このような発言を引き出せたことは大きな成果だったろう。
また、台湾への武器売却についてトランプ氏は、近いうちに判断を下すが、台湾を率いている人物と話さなければならないと述べた。さらに、どうするかは中国次第で、率直に言ってこれは中国に対するとてもよい交渉カードだとも語った。台湾関係法は、米国が台湾の自衛のための手段を提供することを定めている。また、台湾への武器売却については中国側と協議しないというのが1982年以来の米台関係の現状維持に関する「六つの保証」の一つだった。だがトランプ氏は、それは昔の話だと一蹴して「六つの保証」を問題にしない姿勢を示した。
発露されたトランプ氏の本音に対し、当然ながら台湾側は警戒を高めている。頼清徳総統は、台湾は実質的に独立国であり、我々は一貫して台湾海峡の現状維持を唱えてきたと発信した。台湾の現状維持に資する「六つの保証」の一つが崩れれば他の保証も失われていくのではないかと、台北の関係者は懸念を募らせている。
台湾をめぐって、中国との関係をこじらせている国は日本だ。高市早苗首相は、中国から帰国途上のトランプ氏と電話で会談し、米中首脳会談の説明を受けた。その後の記者会見で、日本についても米中間で話し合われたのかと聞かれ、「日本につきましては、大変なお力添えをいただいたということで、深く感謝を申し上げる内容でございました」と答えた。詳細は不明だが、習氏がトランプ氏に日本批判を言い立てた可能性が高い。
中国側の思惑
習氏の側にしても、国内の景気が浮揚せず、成長のためには輸出に頼らざるを得ない状況下で、イラン戦争、そして米国との関税や輸出規制問題の解決は重要な課題だ。しかし、具体的な懸案事項に取り組むのと同時に、習氏は今回のトランプ訪中を長期的、戦略的視点から位置付けていたように思われる。
一つは、台湾問題をめぐり、少しずつでも米国の関与の手をほどき、太平洋の向こう側に押しやることだ。この点では、上述したように予想以上の成果を上げることができたと言えるだろう。そしてもう一つの長期的、戦略的な狙いは、トランプ氏という、米国の国益を損なうオウン・ゴールを連発してくれる大統領がいる間に米国と同格の存在として中国を位置付け、その位置取りを国の内外に印象付けることだったように思われる。
その狙いを表していたのが、習氏が繰り返し語った、今回のトランプ訪中が「歴史的、そして象徴的な訪問」だとする表現ではなかったか。どういう意味で歴史的であり、何を象徴する訪問だというのだろうか。その答えは、習氏が自分の住居とする中南海の一角にトランプ氏を案内した際、ツーショットで撮影した記念写真に表れていた。
日本版ニューヨーク・タイムズの一面にも大きく掲載されたその写真は、会見場所となったと思われる建物を背景としており、その入り口の上には「春耦斎」と書かれた大きな額が掛かっていた。「春耦」とは、春に似た者二人が並んで鋤を取り耕す、という意味だ。偶然ではあるが、図らずも、超大国の指導者と対等な存在となった自分を習氏がアピールするには絶好のロケーションだったのだ。
今回中国は、「建設的な戦略的安定関係」という新しい表現を準備して、米中の二国間関係を言い表し、米国側もそれを受け入れた。だが実際は、双方とも戦略的競争が長期的に続くことは先刻承知であり、それに勝利するための短期的な発展の利益をお互いに得ようと思っているに過ぎない。今年は、あと3回首脳会談が開かれる可能性がある。米国の失策に乗じ、国際社会の主導権確保を狙う中国がじわじわと土俵中央に寄り進む、それが現在の米中関係の構図だと言えるだろう。
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