2026.06.02

米中「建設的戦略安定関係」の受け止め方

チーフエコノミスト 武田淳

 5月1415日に北京で行われた米中首脳会談は、思いのほか平穏だった。弊社は昨年暮れに立てた今年の世界経済見通し1において、注目点/リスク要因の筆頭に「米中対立の再燃懸念」を挙げた。昨年4月に両国が追加関税をそれぞれ100%超まで引き上げるチキンレースの様相を呈し、その後、5月の大幅引き下げ合意を経て、10月末に1年間の休戦に至ったものの、休戦期限に向けて協議が再開すれば衝突は不可避だと考えたからである。しかしながら、少なくとも今回の首脳会談において、その見立ては外れたようである。

決定的なのは、トランプ大統領と習近平国家主席が今後の米中関係を新たに「建設的戦略安定関係(Constructive Strategic Stability)」と位置付けたことである。中国語では「建設性戦略穩定」と書くそうだが、「戦略穩定」とは冷戦時代などの核抑止力による均衡状態を指す「戦略(的)安定(Strategic Stability)」と同義であり、英語も中国語も同じ表現である。つまり、米中はこれまでの「戦略的競争」関係を改め、今後は「建設的」に「戦略(的)安定」を目指す、としたことになる。

なお、ここでいう「建設的」の意としては、一般的に解される「前向きな姿勢」と受け取れば良いだろう。要するに、米中関係は、従来のような、競争に勝つことのみを是とし、相手にダメージを与えるためには核心的利益に踏み込むことも厭わなかった排他的関係から、部分的な衝突はあっても双方が致命傷を負いかねない全面的な衝突は避け、互いにメリットを見出せる形で安定を探る共存的関係への転換を模索していく、と受け止めるべきであろう。

こうした変化を念頭に置きつつ、改めて今回の米中首脳会談の内容を振り返ると、メインテーマである貿易戦争は、昨年のような全面的な衝突をやめ、双方にメリットある形で停戦交渉が進んだように見える。米国は中国による大豆など農産品の追加輸入、牛肉の輸入再開、ボーイング200機購入のほか、レアアースの輸出規制緩和を勝ち取ったが、そのために米国が切ったカードは、一部の先端半導体の輸出再開許可と、農水産物や花火など「非戦略的」消費財の300億ドル相当の輸入に対する追加関税の引き下げであった。後者に関しては、インフレに悩む米国と輸出による景気下支えを望む中国の利害関係が一致した結果であろう。

さらに、貿易委員会や投資委員会の設立を決めたが、これは経済戦争における貿易や投資の武器化を改め、建設的に議論を行い両国関係の安定化につなげる場を設けたという解釈ができる。一方で米国は、中国が求める貿易戦争の休戦期間延長については「急がず」として態度を留保した。924日に決まった習近平国家主席の訪米を担保するカードとしたようである。

首脳会談の開催前は、いわゆる「トランプ関税」のうち、相互関税やフェンタニル関税が連邦最高裁判所によって無効とされ、代わって導入した新たな関税も国際貿易裁判所によって差し止められたため、米国にとって有効なカードを欠く苦しい展開になるかと思われた。しかしながら、安定を最優先する習近平首席の意向を取り込みながら、新たなカードも繰り出し一定の成果を勝ち取るトランプ大統領の試合巧者ぶりを感じさせる結果だったとも言えそうである。

ただ、新たに主要テーマとなったイラン情勢に関しては、そのような米国ですら中国の協力を引き出せなかった。米国としては、ホルムズ海峡封鎖による危機感を中国と共有することで、中国からイランへの圧力につながることを期待していたとされる。中国にとっても、米国の逆封鎖の影響もあって原油の供給不足が懸念されるだけでなく、原油価格の高騰により世界経済が悪化すれば、輸出が落ち込み景気の悪化に拍車がかかる。

イランにとって中国は、原油輸出の8割以上のシェアを占める重要な先であり、その意向は最重要視されるべきものである。しかしながら、中国から見れば原油輸入に占めるイランのシェアは1割程度、ホルムズ海峡経由の全てを足し合わせても45割程度にとどまる。さらに、原油備蓄が輸入量の4か月程度あるため、中国にとってイラン情勢による危機感は期待したほどではなく、米国と問題意識を共有するに至らなかったようである。

もう一つの主要テーマである台湾問題は、米国が中国の思惑をかわし従来の姿勢を崩さなかった。中国は、米国に台湾問題への関与度合いを弱めさせるため、その方針を「台湾の独立を支持しない」から「台湾の独立に反対する」へ一歩踏み込ませ、武器輸出の停止にまでこぎつけたかった。しかしながら、トランプ政権としては米国内の世論や支持層である軍需産業の利益だけでなく、半導体分野の先端技術確保の観点からも、地政学的な面からも台湾重視の方針を変えられない。すなわち、台湾は双方にとって言わば核心的利益であり、それが故に今後の米中関係における衝突の火種になり続けるだろうことも確認された。

かように大きく変化したかに見える米中関係であるが、それが事実であり、持続的なものとなるのなら、日本にとっても対米・対中方針の修正が必要となろう。米中が、双方で補完し得る部分は許容範囲内で協調し、対等かつ直接対話できる大国関係を構築していくとすれば、日本は米中対立による「漁夫の利」の範囲が狭まるほか、両者の仲介役としての日本の利用価値が主に中国にとって低下しよう。

それでも、米国についてみれば、質を高めつつ拡大を続ける市場は引き続き有望であり、日米両国にとってお互いに同盟国として重要なビジネスパートナーであることも変わらない。その優位性を活かせる分野、例えば経済安全保障の観点から重要なエネルギーやインフラ、重要鉱物、食料といった分野を中心に、日本が米国にとって不可欠なパートナーとなるべく関係を深めていくべきであることは明確である。

一方の中国も、まだ先進国の入り口に立った程度であり、市場の成長余地は大きい。ただ、欧州企業だけでなく、政治的には対立する部分を多く残す米国の企業も、中国市場への姿勢は日本企業に比べ積極的である。しかも、中国政府の支援を受けて地場企業の成長も著しく、競争環境は厳しさを増している。かつての中国は、高成長かつ外資をほぼ無条件で歓迎する、外国企業にとって有り難い市場だったが、今は成長が鈍り、外資への制約もある普通の新興国市場になった、と認識する必要がある。そのうえで、個人消費を経済成長の柱に据える中国政府の方針にうまく便乗するなど、中国の政策リスクを軽減することがビジネスでは有効であり、それにより築かれる経済的な互恵関係が両国間の不必要な摩擦を取り除く一助となろう。

 

1. 2025年1226日付Economic Monitor2026年の世界経済見通し~春頃まで減速の後、米国中心に回復へ」参照。https://www.itochu-research.com/ja/report/2025/3078/

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