2026.06.18
研究顧問 北川 敬三
はじめに-AI時代への不安と期待
AIは、人間の仕事を奪うのだろうか。あるいは、AIは人間の思考そのものを代替するのだろうか。そのAIについて先日、大学の学部研究会で学生たちと議論する機会があった。就活に敏感な世代である。
私は若い世代の方がAIに積極的だろうと考えていた。しかし、実際には予想とは異なる反応が返ってきた。学生たちの懸念は大きく二つであった。一つは、AIによって将来の仕事が失われるのではないかという不安である。もう一つは、AIに頼り過ぎることで、自ら考える力が養われなくなるのではないかという懸念であった。
その中で、ある学生の発言が印象に残った。
「むしろAIの恩恵を受けるのは、先生のようなベテラン世代ではないでしょうか」。
その学生によれば、経験や知識を蓄積してきた人ほど、AIを活用して分析や判断の質を高めることができる。一方で、経験が十分でない段階では、AIが示した答えを評価すること自体が難しいというのである。興味深い指摘であった。私は、他の学生たちに意見を求めた。そうするとほぼ全員が、その学生の主張に同意したのである。私は、健全な問題意識を持つ賢明な学生たちを、心強く感じた。まさに、IQ(知能指数)よりEQ(心の知能指数)である。
今回の議論を通じて、AI時代だからこそ人生における経験や判断の価値が改めて問われるのではないか、と感じた。このやり取りを聞きながら、私は最近のAIやドローンをめぐる軍事論争を思い出していた。
AIとドローンは戦争を変えたのか
AIは膨大な情報処理を支援し、意思決定の速度を高めつつある。これに関連し、英国『The Economist』誌は5月28日に “Smart tech is making war a dumber choice” と題する論考を掲載した(日本経済新聞では6月2日、「大国の戦争、技術進歩で愚かな選択に」と紹介された)。同誌は、AIやドローン、精密誘導兵器の発展によって戦争が容易になったと考える見方に警鐘を鳴らしている。要するに、軍事技術の高度化が進むにつれ、大国が行う「選択的戦争」は、むしろ愚かな選択になり得ると主張している。
確かに現代戦は大きく変化している。ロシア・ウクライナ戦争では、小型ドローンが戦車や装甲車を攻撃し、商用衛星が戦場の状況を把握している。中東における軍事衝突においても同様である。
しかし、こうした技術革新は必ずしも仕掛けた大国の勝利を容易にしていない。むしろ戦場は「透明化」しつつある。ドローンやセンサーによって部隊の移動や補給活動は容易に発見されるようになり、攻撃側も防御側も相手を監視できる。結果として、決定的な突破や機動は以前より難しくなっている。特に陸上における戦いでは、100年以上前の第一次世界大戦と同様の塹壕戦や消耗戦の様相を呈している。
技術の進歩は、弱小とされる国家が強国に対し、非対称戦によって善戦することを可能にしている。戦力や規模が劣る側でも、攻撃してきた強国に大きな損害を与えることが容易になりつつある。ウクライナや中東の事例が示す通りである。
つまり、技術は戦い方を変えている。しかし、戦争そのものの本質は変わっていない。戦争が政治目的を達成するための営みである以上、技術だけで勝敗が決まるわけではないのである。これは、日本の安全保障、具体的には戦い方や防衛力整備を考える上で、大きな示唆となる。
技術は戦略と人間を代替できない
軍事の世界では、戦術的成功と戦略的成功は異なると考えられている。個々の戦闘で勝利しても、国家の目的を達成できなければ戦略的成功とは言えない。軍事的勝利と政治的成功は、必ずしも一致しないのである。
1982年のフォークランド戦争はその代表例である。英国は艦艇や航空機、人員に少なくない損害を被った。しかし最終的にフォークランド諸島を奪還し、政治目標を達成した。軍事的代償は大きかったが、戦略的には成功であった。
逆に、ベトナム戦争やイラク戦争では、米国は数多くの戦術的勝利を積み重ねながらも、最終的には政治目的を達成することができなかった。
何のために行動するのか。どこまでのコストを許容するのか。いつ、どのような状態をもって成功とするのか。これらを決めるのは、依然として人間である。技術は手段であり、目的そのものではない。目的を決めるのは、人間の作る戦略である。手段の優劣を競う前に、何を達成したいのかを明確にしなければならない。
AI時代に価値を持つ経験と判断
ここで研究会での学生の発言を思い出したい。AIは膨大な情報を処理し、文章を作成し、分析を支援する。しかし、その答えが妥当かどうかを判断するためには、人間の経験や知識が必要である。求められるのは、情報や分析を批判的に評価し、その価値を見極める能力である。
軍事の歴史を振り返れば、レーダー、コンピュータ、GPSなどの新技術が登場するたびに、「人間は考えなくてよくなる」と期待された。しかし現実には、情報が増えるほど、それを解釈し、優先順位を付け、意思決定する能力の価値は高まった。クラウゼヴィッツが提唱した「戦場の霧」や「摩擦」の克服は容易ではない。AIも同様ではないだろうか。
AIは経験を不要にするのではなく、経験を持つ人の能力を増幅する可能性がある。だからこそ、学生が指摘したように、AIの恩恵を最も受けるのは、経験を積み重ねてきた人々なのかもしれない。もっとも、その前提となるのは年齢ではなく、学び続ける姿勢である。経験は時間とともに蓄積されるが、その価値を引き出すのは不断の学習と挑戦である。
戦略と人材育成の重要性
この教訓は軍事だけでなく、企業経営にも当てはまるだろう。現在、多くの企業がAI活用やDXを推進している。しかし、本来問われるべきは「AIで何ができるか」ではなく、「自社は何を達成したいのか」である。
戦略とは、限られた資源を目的達成のために配分する営みである。加えて、「何をやらないか」を決めることも戦略の機能である。AIは強力な手段になり得るが、目的を決めることはできない。また、AIは責任を取ることもできない。最終的な責任を負うのは人間である。
だからこそ重要なのは技術導入そのものではなく、人材育成である。AIを使う能力だけでなく、問題を発見し、目的を設定し、状況を判断し、熱意と責任を持って意思決定できる人材が求められる。AI時代だからこそ、自ら考える力、判断する力、そして他者と協働する力の重要性はむしろ高まっている。この点は、社会で活躍するべく次世代育成の教育に携わる者の一人として、より工夫が必要であると日々痛感している。まさに、「人間力」ファーストである。
おわりに-技術の時代に問われる人間の価値
冒頭の問いへの回答である。AIは強力な技術である。そして、間違いなく社会を変えつつある。軍事の世界でも、企業経営の世界でも、情報処理や分析の速度は飛躍的に向上していく。これにより、これまで人間が担ってきた業務の一部は自動化されていくだろう。しかし、技術の進歩そのものが組織や個人に対して目的を与えるわけではない。
AIによって仕事の内容は変わるだろう。しかし、人間が担うべき役割がなくなるわけではない。新しい技術が生まれるたびに、新しい仕事もまた生まれてきた。案ずるな、である。
軍事史を振り返れば、新しい技術が登場するたびに戦争の姿や様相は変化してきた。しかし、戦争の本質に変わりはない。勝敗を左右してきたのは、最終的には目的を定め、限られた資源を配分し、人々を導く戦略とリーダーシップであった。AIやドローンが発達した現代においても、この原則は変わらない。むしろ、情報があふれる時代だからこそ、人材育成を通じた本質を見極める人間の判断力の価値は高まっている。戦争の本質と同様、仕事の本質にも変わりはないのである。
目的を定め、優先順位を決め、最終的な責任を負うのは、今後とも人間である。現代戦が私たちに教えているのは、AIやドローンの威力そのものではない。技術の進歩によって、小が大に対抗し、あるいは抑止することが可能となり、限られた資源でも大きな成果を生み出せる時代が到来しているという事実である。しかし、その力をいかに活用し、どのような成果につなげるのかを決めるのは、依然として人間の判断である。事を成すのは、人間に他ならない。
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