2026.07.22
研究顧問 高原 明生
大国の横暴による国際秩序の流動化
まだ世界大戦こそ起きていないが、国際社会の混乱が収まる気配はない。大きな問題は、国際秩序を支えるべき大国が露骨にルールを破り、自分勝手な実力行使に及んでいることだ。
ロシアのウクライナとの戦争は開始から4年5ヵ月が経ってもなお続き、欧州、とりわけ北欧や東欧の国々はロシアの脅威をひしひしと感じている。他方、米国のトランプ第2次政権は国際ルールを無視した関税の引き上げに続き、ベネズエラに侵攻し、イスラエルとともにイランを攻撃した。中国も、台湾の海域を含む南シナ海や東シナ海、西太平洋での軍事行動や準軍事行動の漸次的拡大に余念がない。大国の横暴な振る舞いにより、国際秩序が加速的に流動化していることは否定できない。
この光景を眼前にして、多くの国が現実的な対応を迫られている。欧州ではフィンランドとスウェーデンがNATOに加盟し、アジアでは韓国が原子力潜水艦の導入に前向きになり、日本も防衛費を増額した。あまり語られていないのは、最近ではグローバルサウスと呼ばれることの多い、新興国や途上国の対応だ。世界の行方を長期的に展望すれば、間違いなくグローバルサウスの国々の動向が重要なカギを握る。特に、インド太平洋地域との連携を一層強化しようとしている日本にとっては、東南アジアおよび南アジアの国々に注目することが肝要だ。
リスクヘッジする東南アジア、南アジア
グローバルサウスの国々が大国を見る目は、我々日本人の常識とは異なる場合が多い。2022年春、ロシアによるウクライナ侵攻直後の国連総会で、ロシア非難決議は141ヵ国の賛成で可決されたが、35ヵ国が棄権し、12ヵ国が投票しなかった。そこには中央アジアの国々のみならず、東南アジアからベトナムとラオス、南アジアからインド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカも含まれていた。
多くの国が賛成しなかった背景には、石油や穀物、武器など重要物資をロシアからの輸入に頼っている事情がある。加えて、常に上から目線で説教してくると認識される欧州の旧宗主国や米国に対する反発が、これまで以上に強まっている。
そこに、中国の台頭と米中の戦略的競争が重なる。冷戦終結後の米国一強の時代は過ぎ、世界の勢力分布図は塗り替えられている。BRICSが近年メンバーを増加させているのも、その趨勢と関係している。
BRICSはいわば新興大国から成る緩やかな提携の枠組みであり、加盟により大きな経済的利益が期待できるわけではない。それでも2024年にはアラブ首長国連邦、イラン、エジプト、エチオピアが、2025年にはインドネシアが加わった。さらにタイ、マレーシア、ベトナムといったASEANの有力国もパートナー国となっている。加盟や接近を希望するのは、激しく競争する米欧と中露のどちらかを選ぶのではなく、その間でバランスを取るためだ。
自身も大国たる意識を持ちながら、やはり対外関係のバランス維持に腐心するのがインドである。インドはBRICSに加え、上海協力機構の正式メンバーである一方、日本、米国、豪州との4ヵ国戦略対話(QUAD)にも加わっている。米中露の間で、重要な戦略的位置を占めているのがインドだ。
そして今日では、ASEANがロシアに接近していることにも注目すべきである。2026年6月、フランスでG7首脳会合が開かれたのとほとんど同じタイミングで、ロシアのカザンにおいてASEANロシア首脳会合が開催された。
ASEAN側の狙いは、合意文書に明らかだ。安全保障、投資、貿易、エネルギー、科学技術、文化など幅広い協力を通じたリスクヘッジであり、その中でも、独立した文書にもなったエネルギー協力が重要な意味を持つ。
複雑な現実へのしたたかな対応―その必要性と危険性
ASEANにせよインドにせよ、国際秩序の流動化の中で如何に生存し、発展していくことができるのか、実力行使をいとわない大国間の確執や競争が続く中で知恵を絞り、したたかに対応している。身の処し方を決めるのは「義理と人情」でも「生き方の美学」でもなく、特に中小国は時に理想と現実の乖離に耐えなければならない。感情を排した冷徹な情勢判断と、先例にとらわれない大胆な発想が必要だ。日本も国際情勢の動向に敏感に、そして柔軟に対応しなければ世界に取り残されることだろう。大国の間で常にエージェンシー、すなわち主体性を維持し、自律性を保つ意識的な努力が求められている。
具体的にどのような施策が考えられるのか。多くのグローバルサウスの国々について言えば、その努力の一環として大国が主導する多国間の枠組みに参加することが増えた。それは一定の有効性のあるやり方ではあるのだろう。だが気を付けないと、大国の間でバランスを取って自らの主体性を確保したと思いながら、実は大国に絡めとられ、利用される危険性もある。
その一例が、昨年7月にブラジルで開かれたBRICS首脳会合の共同宣言である。そこではロシア領内の橋や鉄道に対する攻撃を厳しく非難する一方で、ロシアによるウクライナ攻撃や多数の民間人の殺戮には言及がなかった。パートナー国を含め、出席したすべての首脳がそれに署名したのである。
署名した首脳たちにすれば、是非もなかったのかもしれない。だが、国際法を守る、法の支配を実現することは、大国以外の諸国にとって極めて重要な原則ではないのか。しかし、国際ルールが蹂躙される傾向を助長すればますます自分の首を絞めることになる。長期的には、人類の歴史の方向性として法の支配の実現を再確立しなければならない。それには力の支えが必要であり、大国に法の支配を重視させることが必要だ。そのために、大国の国民に働きかけることに加え、多くの国が諦めず、法の支配にこだわり続けることが大切だと思われる。
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