2026.07.30

「骨太の方針2026」への期待と不安

チーフエコノミスト 武田淳

本日、今年の「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる「骨太の方針2026」に基づいて作成された来年度予算の概算要求基準が閣議了解された。本方針に対しては、すでに批判的なものを含め様々な意見が表明されているが、ここではまず、それが示す方向性や、期待される日本経済の将来像について正確に理解することから話を始めたい。

特に重視したいのは、今年を元年と位置付けた「責任ある積極財政」と、その目的となる「強い経済」という言葉の定義である。本方針は「『強い経済』と『財政の持続可能性』をバランスよく同時に実現する」ことにより、将来を含めた「国民への責任を果たしていく」とした。要するに「責任ある積極財政」とは、経済を強くするための政府の支出を、財政が破綻しない(持続可能な)範囲で最大化(積極化)する、というような意味合いだと考えて良いだろう。

では、「強い経済」とは何か。本方針は「日本経済の成長力と国民の安全と安心を確保し、所得を増やし、消費マインドを改善し、事業収益を上げ、税収が自然増に向かう」ことを「強い経済」の好循環だとしている。一定の経済成長と安心感の下、消費マインドの改善を伴って家計所得と企業収益が相乗的に拡大、その結果として増税せずとも税収が増えていく姿がイメージされる。その姿は、デフレに後戻りしない安定的な物価上昇を目指す日銀が多用した「賃金と物価の好循環」というフレーズとも重なる。外部環境の多少の変動にも耐え得る自律的な経済成長を目指すということであれば、目標として申し分ない。

そして、その前提となる「一定の経済成長」を実現するための方策として、17の戦略分野での投資拡大を柱とする「日本成長戦略」が打ち出された。実際に、これまでの日本は投資不足であった。その結果、潜在成長率は202613月期時点で年率0.4%にとどまり、需給ギャップ(需要-供給力)は小幅ながらもプラスに転じている(内閣府試算)。つまり、現状は供給力不足の状態にあり、労働力が減少する下で成長力を高めるためには、投資を拡大し供給力を強化するしかない。その点において、成長戦略の方向性は至極真っ当である。

「財政の持続可能性」についてはどうか。本方針では、財政運営において「国・地方の総債務残高対GDP比の安定的低下」を「中核に位置付ける」、つまり事実上の目標とした。そのうえで、これまで目標としていたプライマリーバランスの黒字化については、その達成時期を単年度で機械的には追わず、一時的な悪化を許容、複数年で管理するとした。ただ、本来プライマリーバランスの黒字化は、政府債務のGDP比を低下させるうえで、その実現可能性を高めるための目安に過ぎず、目指すものは同じであった。その意味で、今回の目標の変更は、想定外の環境変化に対応できるよう柔軟性を持たせた、と解釈するのが現実的であろう。

こうした認識の下、改めて「骨太の方針」を見ると、幾つかの疑問点が沸いてくる。まずは、目標とする「強い経済」がそれだけで良いのか、という点である。一般的に「強い経済」と言えば通貨も含み、円安は許容されないだろう。現在の円安を行き過ぎで問題だと認識しているのなら、その是正策が必要である。円安の背景は、主に原油高で膨らむ貿易赤字、低過ぎる金利、財政の持続可能性への懸念である。貿易赤字を抑制するためにはエネルギーの海外依存度を引き下げる必要があり、その方策は日本成長戦略でカバーされていた。低過ぎる金利を是正するには、金利上昇が景気の堅調拡大と表裏一体であるという正しい理解の下で、耐性を強化することが王道であり、いたずらに低金利を続けることは却って経済を弱くするだけである。

最後に挙げた、財政の持続可能性については、市場の信認確保の必要性が本方針でも示されているが、残念ながら具体的な対応策は示されていない。金融市場では、日本国債を保有するリスクについて、政府の債務が諸外国と比べ著しく大きいうえ、今後の改善に不確実性があるとして、増大方向だと認識しているように見える。にもかかわらず、本方針では前述の通り財政の持続可能性の目標設定において、逆に柔軟性を高めたのみならず、ただ「政府債務のGDP比を下げる」というだけの、時間軸も目標水準も定かではない漠然とした方針を示すにとどまった。これでは市場の理解を得ることは難しい。具体的な数値目標を示すなど、市場とのコミュニケーションを深めるための材料を提供すべきであろう。

また、「伸ばすべき歳出と見直すべき歳出を峻別する」ことで「規律ある資源配分を実現」するという方針が示されたが、一方で「歳出規模の総額を名目の経済規模の拡大にふさわしいものとする」とした。このように拡張的な大枠の中では「見直すべき」という意識は生まれ難いのではないか。さらには、好況期に支出を抑制、それによって生み出した余力で不況期に支出を拡大し、景気を安定させる財政のビルト・イン・スタビライザー機能の放棄にもつながり、結果的に財政の膨張に歯止めが効かなくなることが懸念される。

投資拡大戦略のために設けられる「強く豊かな日本」投資枠にも問題がある。このうち、経済安全保障上特に重要な分野などは特別会計で別枠管理し、政府債務のGDP比の計算に含めない、とした点である。別途、財源を確保することで、債務を一般会計から切り離せるとの考えであるが、その財源は債務負担の度合いを測る際の分母であるGDPに含まれているため、実際にはオフバランスできておらず、適切な会計処理とは言い難い。

最後の疑問点は、現状認識に対する相違である。「長年続いてきた過度な緊縮志向」という評価は本当に正しいのだろうか。一例を挙げると、国の一般会計の歳出総額は、2019年度の101.4兆円から2020年度はコロナ禍で147.6兆円へ膨らみ、その後、徐々に減らしたものの、2024年度でも127.6兆円までの抑制にとどまった。つまり、この5年間に歳出規模は約26兆円も拡大したが、税収は58.4兆円から75.2兆円へ17兆円しか増えていない。黒字財政ならまだしも、大幅な財政赤字のまま、収入が増える以上にお金を使っておいて「行き過ぎた緊縮」はないだろう。

かように「骨太の方針2026」の方向性には期待できるものの、現状認識において市場など民間部門との間にギャップがあり、それが故か経済に求める「強さ」には不完全な部分が残ること、本当に積極財政の責任を負えるのか確信が持てないことに、一抹の不安を感じるのも確かである。今後、財政運営を実際に進めていく際には、望ましい経済の姿について十分な合意形成を行ったうえで、そこに間違いなく辿り着くよう、必要に応じて軌道修正されることを期待したい。

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