2026.09.16

戦後81年の世界地図とアジア

研究顧問 伊集院 敦

戦後81年となった2026年、8月の終戦記念日を前に日本外交に衝撃を与えたのがロシアのプーチン大統領による北方領土の択捉島訪問だった。領土問題での譲歩をちらつかせながら安倍晋三首相らを翻弄してきたプーチン氏だが、ロシアとして2020年の憲法改正で領土割譲を原則禁じ、2022年のウクライナ侵略後は制裁を科した日本との平和条約交渉を継続しない方針を打ち出していた。今回の訪問はロシアの最高指導者として日本と領土交渉の余地がないことを態度で示した格好だ。

中国の世界地図に見る北方領土の色

これに関連して注目されたのが中国の対応だった。呉江浩駐日大使がプーチン大統領の択捉島訪問と同じ8月13日に、ノズドレフ駐日ロシア大使と共同文書『中国とロシア──手を携えて新たな高みへ邁進』を発表。北方領土に直接言及しなかったものの、日本の動きを念頭に「中ロは第2次世界大戦の勝利の成果を歪曲・否定し、ファシズムや軍国主義を再評価し、よみがえらせるあらゆる行為に断固として反対し、各種の歴史修正主義の言動に厳しく反駁している」と強調したのである。

近年、ロシアとの関係を強める中国だが、北方領土問題をめぐっては長い間、日本への配慮を見せてきた。実は、中国で発行されている世界地図では北方領土は日本の色に塗られ、ロシアの占拠を意味する「俄占」と書かれているものが多い。

東西冷戦時代、同じ社会主義陣営ながら中国はソ連と激しく対立した時期があり、1972年にはソ連に対抗するためニクソン米大統領の訪問を受け入れ、日本との国交正常化に踏み切った。北方領土の地図の色はそうした国際関係の背景もあってのことだったが、中国まで姿勢を変えたとすれば日本にとってはさらに深刻な事態だ。その後の経緯を見れば、中国はそこまでの決断には至っていないようだが、日中関係の悪化もあって、じわりとロシア寄りの立場に移行しつつあるようにも見える。

平壌の新地球儀における竹島

一方、北方領土を地図上でずっとソ連、ロシア領としてきたのが北朝鮮で、別の理由から金正恩政権下の新しい世界地図が注目されている。金正恩政権は2023年末以降、韓国との統一を放棄する姿勢に転換し、憲法改正によって領土条項を設けた。5月に明らかになった条項は、領域を北に中国とロシア、南に韓国と接している領土とそれに基づく領海、領空と規定し、韓国とは同族ではなく、2つの国家間の関係であるとの立場を法的にも明確にした。

今後、問題になりそうなのが、海上の境界線だ。休戦ラインが定められている陸と異なり、海上では南北の境界をめぐる認識の違いから北朝鮮と韓国は過去に朝鮮半島西側の黄海の離島付近でたびたび武力衝突を起こしてきた。北朝鮮が新憲法に基づいて繰り出す措置によっては、緊張がさらに高まる可能性がある。

ちなみに、北朝鮮が昨年刊行した自国の領土を示す地図や書籍には、島根県の竹島(韓国、北朝鮮名・独島)を記載していないことが分かった、と共同通信が6月に北京発で報じ、「主権を放棄した可能性がある」という専門家の見方も伝えた。従来は「朝鮮固有の島」などと主張していた。

竹島をめぐっては昨年、韓国領の「独島」と明記した新たな地球儀を平壌で目撃したという人から、写真をみせてもらったこともある。

第2次世界大戦終結時の米軍とソ連軍の分割占領ラインである38度線よりわずかに南の北緯3714分にあるという島の地理的条件や、これまでの南北関係の経緯を踏まえてのことか。金正恩政権による統一放棄の背景には韓国の情報・文化の流入による体制動揺への危機感や韓国による統一吸収への強い警戒感があったが、近年の核戦力の増強などで軍事的には自信も深めていると見られる。北朝鮮の今後の出方によっては日朝、日韓、南北などの関係に影響を与える可能性があるだけに、当局の正式発表に関心が集まる。

国際秩序とともに変わる世界地図

世界地図が時代とともに変わるのはある意味当然のことで、戦後の国際秩序が大きく揺らぐ昨今は歴史的にみても大きな変化の時期なのかもしれない。この動きは洋の東西を問わない。

国連総会は9月4日、アフリカ大陸などの実際の大きさを反映した「イコールアース図法」の世界地図を普及、奨励する決議を採択した。緯度が低い地域が相対的に小さく描かれるメルカトル図法はアフリカなどが過小評価される一因になっているとして、イコールアース図法の採用を求めていた。グローバルサウス(新興・途上国)の発言力拡大を反映した格好だ。

アメリカ・ファーストで西半球での足場固めに注力するトランプ米大統領にいたっては昨年、メキシコ湾を「アメリカ湾」に改称したのに続き、8月にカナダとの国境付近にある五大湖の一つ、オンタリオ湖を「アメリカ湖」に改称するよう内務省に指示する大統領令に署名した。

北京に駐在していた20年前、中国では古代王朝からの版図の変遷などを描いた『世界歴史地図集』が根強い人気で、ネット上では「未来の大中華圏地図」なるものが拡散され、話題になっていたことも思い出した。

ビジネス、通商の世界ではもっと速いペースで世界の経済地図が変わっている。主権にかかわる国境や改革に時間がかかる地方制度の枠組みとは別に、国内外の政治地図だってかなりの速さで変わっている。

これからお付き合いいただく私のコラムでは、新聞記者やエコノミストとしての取材経験も活かし、アジアの地政学・地経学の動向を中心に現場感覚で国際政治経済の新潮流を紹介していきたい。そして、読者の皆さんとともに、日本の対応について考えていきたい。

PDFダウンロード

※ 本レポートに関するお問い合わせは、tokdp-komon@itochu.co.jpまでお願いします。

-------------------------------------------------------------

本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠総研が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。